「正直、(育成契約も)考えた」――難病克服からの“進化”へ 困難を乗り越える阪神・湯浅京己の「今」

2024年12月30日(月)16時0分 ココカラネクスト

一時は身体に力が入らない状態にまでなった湯浅。そこから今では本格的に腕を振れる状態にまで回復した。(C)産経新聞社

「無駄じゃなかった」苦闘の日々

 復活への力強い言葉と口にした目標はずっと視界を遮っていた“もや”が取れた証だった。

 11月20日、ダークブラウンのスーツに身を包んだ阪神の湯浅京己は球団事務所で行われた契約更改の場で力強く決意表明した。

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「(来春の)キャンプで実戦復帰して、開幕1軍を目指して頑張りたい。手術するって決めた時には来年の開幕からいけるようにって思いはあったので」

 口にした「手術」とは、8月に受けた「胸椎黄色じん帯骨化切除術」のこと。国指定の難病である「胸椎黄色じん帯骨化症」の影響で春先から右足に力が入らないなどの症状に悩まされてきた。

 手術から約3か月が経過し、まだまだリハビリ過程ながら着実に前進してきた。会見の席では、「(次回の病院の)診察が終わってからはキャッチャーを座らせて投げられるようになる」と数日前に鳴尾浜球場のブルペンで傾斜を使った投球を再開したことも明かした。右足に力が入らず「投げ方が分からなった」と漏らした春先の姿を見ている身からすれば、全身に力をみなぎらせて腕を振れることが、本人にとってどれだけ大きな出来事なのかが伝わってきた。

 そして、湯浅が描く「復活」は「進化」の意味合いが強い。

「良い時に戻すっていう考えは一切ないんで」

 59試合に登板し、防御率1.09をマークした2022年の姿ではなく「もっと良くなると思うし、良い時よりもっと良いフォームになるように」とリハビリと並行してフォーム向上にも努める。

 これは怪我の功名か、その土台は苦闘の日々で作られていた。

 24年の3月上旬に体調不良を発症した後から右足の脱力に悩まされてきた。当時は病名が分からず、原因すらも不明。試行錯誤する中で、キャンプ中と同じような下半身強化のトレーニングメニューを組み込むなど、フォームを作り直した。

「下半身の感覚が無い時に、下半身に重点を置いて、一からトレーニングも見てもらって。今、キャッチボールができるようになって投げられるようになったからこそ、あの時やっておいて良かったなと。そこは無駄じゃなかった」

 強化された下半身を土台にした新フォームで目指すのは、制球力の向上だ。キャリアハイの22年は1.86だった与四球率が、昨年は15試合登板のスモールサンプルながら5.02と悪化した。本人は「(今は)しっかり身体を扱いながらやっていますし、そうすることでコントロールも良くなる。(身体を扱うことを)意識せずできるぐらいまで作り上げれば必然的に出力もコントロールも良くなる」と持ち味である火の噴くような直球、決め球のフォークの精度向上を目指している。

再起をかける新シーズンは、春季キャンプでのチーム合流にまずは焦点を当てている。(C)産経新聞社

藤川新監督から投げかけられた言葉とは

 自身が45ホールドポイントで初タイトルを奪取した22年は矢野燿大監督、不振に苦しんだ23年からの2年間は岡田彰布監督、そして再起を図る来季からは藤川球児新監督が指揮を執る。新体制の船出となった10月22日の秋季練習初日に新指揮官とは挨拶を交わし、「慌てなくていいから」と声をかけられた。湯浅はその想いを振り返る。

「自分としては昨年と今年は何もできていないので来年こそはという思いもある。この気持ちは誰が監督になっても変わらない。リハビリをしっかりして、アピールしていくだけだと思います」

 当面の目標は来年2月1日のキャンプインに合わせたチームの全体練習への合流。そこから実戦復帰、開幕1軍へと歩を進め、「投げるなら1軍の良いところで投げたいので(同僚にも)負けないように」と今季は桐敷拓馬、石井大智らが担った勝利の方程式入りまで見据えている。

 契約更改会見後の囲み取材で、筆者は難病から復帰することの意味を聞いた。

「そうですね……、手術前から三嶋さん、福さん、岩下さんにはいろんなことも聞かせてもらって、すごいお世話になったので。すごく感謝しているし、今度は自分がそういう困っている人たちを勇気づけるじゃないですけど。そういう存在になれるように。1軍で投げることによって勇気づけられると思いますし、お世話になった方にも恩返しができると思う」

 病名が発覚してから手術に至るまで、湯浅は「胸椎黄色じん帯骨化症」からマウンド復帰を果たしているDeNAの三嶋一輝、中日の福敬登、ロッテの岩下大輝に当時の体験を聞き、復帰へ向けての助言ももらっている。さらに今もリハビリを支えてくれているトレーナーなど背番号65が1軍マウンドで腕を振ることで「恩返しができる」存在は少なくない。

 契約更改では1000万円ダウンの来季年俸3700万円でサインした。それでも育成への降格などはなく「(育成降格は)正直、自分も考えたこともありますけど、(支配下で)残してくれた球団のありがたみを感じながらキャンプからアピールできるように頑張りたい」と意気込む。

 困難を乗り越え、立ち上がってきたのは今回が初めてではない。入団以来、故障に苦しんで投げられない日々も経験してきた。だからこそマウンドに立てる喜び、幸せを噛みしめられる右腕。不屈の若武者が進化した姿で甲子園に帰ってくる日を待ちたい。

[取材・文:遠藤礼]

ココカラネクスト

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