新型コロナ用mRNAワクチンの4つのすごい設計

1月8日(金)6時0分 JBpress

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2020年は新型コロナウイルスの年でした。私たちの生活は激変し、医療従事者は疲弊し、商店は次々閉店しています。

 これまでファビピラビル(アビガン)やレムデシビルに始まって、BCGやうがい薬まで、さまざまな医療法や商品が、新型コロナウイルスに有効と報じられ、私たちをぬか喜びさせマーケットを混乱させては、ひっそりと話題から消えていきました。

 このパンデミックに終わりはあるのでしょうか。こんな状況で新年を祝っていていいのでしょうか。すっきりしない気分で正月を過ごしたかたも多いと思います。

 そこでここでは新年らしい、おめでたい話題をお届けします。人類の皆様、お待たせしました、新型コロナウイルス問題の根本的な解決の見通しです。

 2021年は世界規模の疫病を制圧した年として、人類が感染症を征する新しいテクノロジーを手にした瞬間として、記憶されるでしょう。

 はっきりいって、新型ワクチン、相当すごいです。


ワクチン革命

 新型コロナウイルスを喰い止めるため、235種のワクチンが2021年1月5日現在開発中で、そのうち63種が現在ヒトに試されています*1。国によっては、すでに承認されたものや大規模な試験的接種が始まったものもあります。

 それらのワクチンのうち、開発も早く行なわれ、効果も期待されているものに、「mRNAワクチン」と呼ばれる新型のワクチンがあります。「m」は「メッセンジャー」と読んだりします。

 mRNAワクチンは今回初めて投入される全く新しい医療テクノロジーです。21世紀の先端科学の結晶です。

 もちろんワクチンは、効くかどうか、副作用がないかどうか、安く大量に供給できるかといったさまざまな条件をクリアしなければ、使いものになりません。多数のワクチン候補のうち、どれがその条件を満たすかは、これから分かります。(235種のうちいくつかは合格するでしょう。)

 mRNAワクチンは今のところ効果も上々という報告ですが、実はこの新型ワクチンのすごいところは、効果(だけ)ではないのです。その創られ方からして違うのです。

 この記事では、その革新的な特徴を解説しましょう。


mRNAワクチンの原理

 7種ほどの開発中のmRNAワクチンのうち、今のところ大規模な試験的接種の段階までこぎつけているものは2種あります。

 ドイツのバイオンテック社と米国ファイザー社が開発している「BNT162b2」と、米国モデルナ社の「mRNA-1273」です。(ありがたいことに、商品名はもうちょっと覚えやすい名前です。) どちらも1万人以上を対象とする試験的接種が行なわれ、約90%の人に有効だったという大変頼もしい結果が出ています。

 この2種は、日本国内で無料接種が開始されるワクチンに含まれています*2。みなさんもどちらかの接種を受けることになるかもしれません。

 mRNAワクチンの主要部は、mRNA(メッセンジャーRNA)という高分子です。「塩基」という部品が4000個ほどつながった鎖のような長い分子です。(正確には塩基と糖の結合したヌクレオチドがつながってできているのですが、ここでは説明を簡略化しておきます。)

 mRNAは地球の全ての生命のほぼ全ての細胞にあって、生命に不可欠です。主な役割はタンパク質分子の設計図のコピーです。細胞は生命活動に必要な種々のタンパク質分子を製造する際、mRNAにコピーされた設計図を参照します。

 mRNAワクチンの人為的に合成されたmRNAは、接種を受けたヒトの細胞に入り込み、設計図として機能します。細胞は、生命活動に必要なタンパク質分子を生産するのと同じ調子で、mRNAワクチンに記述されたタンパク質分子を生産し始めます。

 BNT162b2やmRNA-1273を介して生産されるのは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2に由来するタンパク質分子です。このウイルスの表面からとげとげ突き出しているスパイクと呼ばれる部分の分子です。BNT162b2とmRNA-1273は、SARS-CoV-2の特徴であるスパイク部分の設計図をコピーしたものなのです。

 やがてヒトの免疫機構は、怪しいスパイク状物質が体内に増えてきたことに気づき、これを攻撃します。免疫機構の精妙な仕組みは、怪しいスパイクの形状を認識し、将来同じ形状の敵が現れた時に備えて記憶します。つまり、免疫がつきます。(mRNA自体はさほど寿命が長くないので消滅します。)

 こうして、mRNAワクチンの接種を受けたヒトは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2に対する免疫を備えるのです。


すごいところ その1「病原体を使わない」

 革新的なmRNAワクチンには、すごい点や新しい特色がたくさんあります。そのひとつは、生きた病原菌やウイルスを含まないことです。

 天然痘ワクチンを始めとする伝統的なワクチンは、免疫をつけるために菌やウイルスを接種するのが基本です。

 もちろん病原性のある生きた菌やウイルスをそのまま体内に入れたら病気になってしまうので、本物に似ているけれども病原性の弱い別種を使ったり、遺伝子をいじくって無害にした株を使ったり、生育温度や培養環境を調節して弱らせてから使ったりします。

 しかし、天然痘よりも病原性の弱い牛痘のような別種が運良く見つかるとは限りません。弱らせる方法も、やってみないとうまくいくかどうか分からないところがあります。場合によってはワクチン開発までに何年もの試行錯誤が必要です。(遺伝子をいじくる手法はそれよりは確かです。)

 けれどもmRNAワクチンは、生きた病原体を注射するのと違って、シンプルでクリーンです。


すごいところ その2「配列が公開されている」

 BNT162b2はなんとその構造が公表されていて、mRNA配列を誰でも読むことができます*3。こんな感じです。

AGAAΨAAAC ΨAGΨAΨΨCΨΨ CΨGGΨCCCCA CAGACΨCAGA GAGAACCCGC ・・・

 これは衝撃的です。ワクチンというものが文字列として表現できるのです。

 この配列があれば、世界のどこの研究室や工場でも、このワクチンを再現できます。

 生きた病原体を使うワクチンを生産するには、開発者から分けてもらった株を工場に運び、培養させる必要があります。

 しかしmRNA配列ならばダウンロードすれば製造できます。運ぶ必要がありません。たとえ火星植民地に流行が飛び火しても、ワクチンを通信で送れるのです。

 BNT162b2が文字列として表されることに加えて、それが全世界に向けて公開されていることも驚きです。

 製造法が秘密の薬品は、もちろんその製造元しか作れません。

 しかし配列が公開されているということは、理論上は、知識と設備があれば誰でも作れるということです。

 また誰でもこれを解析したり、研究したり、改善点を発表できるのです。この公開情報を使ってBNT162b2の配列を解析し、解説する文書も出てきています*4

(ワクチン配列が公開されて誰でも解析できるこの状況は、オープンソースの出現を彷彿とさせます。筆者はLinuxに触れた時のような衝撃を覚えました。)


すごいところ その3「設計されて創られた」

 医薬品の多くは、天然の中から発見された役立つ物質だったり、生物が利用している物質だったりします。

 有名な例としては、青カビから偶然に発見された抗生物質ペニシリンや、地中の細菌から見つかった寄生虫薬イベルメクチンがあります。ペニシリンの発見者アレクサンダー・フレミング氏(1881-1955)と、イベルメクチンの大村智・北里大学特別栄誉教授(1935-)は、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 また伝統的手法のワクチンが、生物やウイルスを用いていることは、述べたとおりです。

 しかしこのmRNAワクチンは、ウイルスの遺伝情報を参考にして、計算機上で設計されたものです。

 SARS-CoV-2の遺伝情報を解析し、スパイクを作る部分を同定して切り出し、ヒトの細胞内に送り込んで機能させるため巧妙な仕組みを付け加えて創ったものです。(フォトショップで画像の汚れや邪魔物を取り除くように、遺伝情報のうち不要な部分を編集したりきれいにしたりもしています。)

 天然自然産の医薬品や生物由来の物質は、どうしてそれが働くのか分からないまま使われたりします。元来、薬とはそういうものでした。

 しかしmRNAワクチンは、隅から隅まで働きが分かっています。そのように創られたからです。

 このように設計されたワクチンに、今後もしも不具合や性能不十分な点が見つかったら、それを計算機上で改良することができます。これは天然ワクチンよりもずっと便利です。

 こうして目的に応じたワクチンが設計されるのを目の当たりにすると、新薬の発見を偶然に頼り、なぜ効くのか分からずに使っていた時代の終わりを感じます。

(そしてBNT162b2が、企業秘密や国家機密として独占されるのではなく、公開されてダウンロード可能なところも好感が持てますね。)


すごいところ その4「早い」

「ウィズコロナ」とやらにうんざりさせられた人々に、ワクチンの到着は待たせ過ぎに感じられるかもしれませんが、しかしmRNAワクチンの開発はとんでもない早さでした。

 2019年12月31日、中国武漢で肺炎患者が44人発生したことが報告され、2020年1月5日にはWHOが未知の感染症について警告を発しました。これが新型コロナ肺炎COVID-19の始まりでした。

 2020年1月11日、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の遺伝子配列が読み取られて発表されました。(これも記録的な早さです。)

 そしてモデルナ社がmRNAワクチンの候補数種類を設計したのはそのたった2日後、1月13日です(別の報道によると6週後)。設計されたワクチン候補の中にはmRNA-1273が含まれていました。

 このように手早く新ワクチンが設計できたのは、モデルナ社の研究グループが旧型コロナウイルスに対するワクチンの設計をすでに済ませていて、新型ウイルスの発生に備えていたからです。新型ウイルスのスパイクの配列を埋め込めば設計図が完成するように準備されていたのです。

 そもそもmRNAワクチンが可能になるまでには、長年の研究と、いくつものノーベル賞級成果が必要でした。

 例えば、上に示したBNT162b2の配列に、「Ψ」という奇妙な文字が使われていることにお気づきでしょうか。

 天然の生命の使うmRNAは、「アデニンA」「ウラシルU」「シトシンC」「グアニンG」という4種類の塩基からなります。

 mRNAワクチンはちょっと工夫がしてあって、ウラシルUの代わりにN1-methylpseudouridineという部品が使われています。これが「Ψ」で表されているのです。

 細胞は通常、よそからやってきた怪しいmRNAを受け入れず、破壊してしまうのですが、この工夫をしたmRNAワクチンは細胞の防御機構をすりぬけるのです。これによってワクチンのmRNAを細胞に読み取らせることが可能になりました。

 このことは2005年にバイオンテック社のカタリン・カリコ博士(1955-)とドリュー・ワイスマン・ペンシルベニア大教授によって発見されました。2021年のノーベル賞に注目しましょう。

 突然現れたかのように見えるmRNAワクチンですが、実はこうした無数の研究の積み重ねによって実現したのです。21世紀の先端科学の結晶とでも呼んでいいのではないでしょうか。

 たとえ今回は旧式(とは言いすぎですが確立された手法)のワクチンが先に使われることになったとしても、mRNAワクチンの原理は、今後人類と感染症との戦いを変えていくと思われます。

*1: WHO, 2020/12/29, “Draft landscape of COVID-19 candidate vaccines.”
https://www.who.int/publications/m/item/draft-landscape-of-covid-19-candidate-vaccines

*2:厚生労働省、2021/12/24更新、『ワクチン開発と見通し』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_00184.html#h2_free4

*3:WHO, 2020/09, International Nonproprietary Names Programme, 11889
https://mednet-communities.net/inn/db/media/docs/11889.doc

*4:Bert Hubert, 2020/12/25, “Reverse Engineering the source code of the BioNTech/Pfizer SARS-CoV-2 Vaccine”
https://berthub.eu/articles/posts/reverse-engineering-source-code-of-the-biontech-pfizer-vaccine/
(日本語訳)
https://note.com/yubais/n/n349ab986da42
https://msakai.github.io/bnt162b2/reverse-engineering-source-code-of-the-biontech-pfizer-vaccine.ja/

筆者:小谷 太郎

JBpress

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