「おやつはビスコ」10年前、猟師に拾われた子グマが巨体に育つまで——2019 BEST5

1月9日(木)17時0分 文春オンライン


2019年(1月〜11月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。地域部門の第2位は、こちら!(初公開日 2019年10月14日)。



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 熊猟には語り尽くせないほどの深みがあり、野生の熊を相手にすることに正解はない。さらに、猟師と熊との関係は狩猟にとどまらない。人類学を専門とする私の調査地に「熊を飼っている人がいる」という話を聞いて、檻で飼われている熊に会いに行ってきた。


温和で太っていて、ディズニー映画に出てくるモンスターのよう


 飼い主となった猟師は、10年前に知人の猟師から親を亡くした熊の赤ん坊を譲り受けた。生後間もない子熊は冬眠を経験せずに親とはぐれてしまった場合、冬を乗り切ることができずに山で息絶えてしまうため、命を繋ぐためにどうしようもなく連れ帰ったのだという。



 ぬいぐるみのようであることを予想して行ったが、人間とともに育った熊も野生の熊と同じ目をしている。だが、温和で太っていて、まるでディズニー映画に出てくるモンスターのようだった。通常、冬には100キロを超える熊でも、山の食べ物が少なくなる夏には脂がなくなり骨と皮だけのように痩せる。訪ねていった日は猛暑でかんかん照りだったが、飼われている熊は恒常的に餌を食べているため、脂肪を蓄える秋の熊以上にずん、と太っていた。「くう」と呼ばれたこの熊には、朝と夕の2回、サツマイモや野菜などの餌をやっていた。この日はおやつとしてビスコのブルーベリー味を、飼い主の手から舌を使って器用に口元に運んでいた(「くう」の姿は、一般には公開されていない)。




かつて家族団らんのこたつの中で子熊が寝ていた


 今でこそ少なくなったが「子熊を育てる」ということは、大野の猟師の間ではそれほど珍しい話ではなかったそうだ。普段狩猟を教わっている猟師の男性の生家では、家族団らんのこたつの中で子熊が寝ていた。人間の赤ん坊のようにおしりを拭いてあげたり、哺乳瓶で粉ミルクを飲ませてあげたりして育てたのだという。



熊を飼うためには檻の形状などに関する様々な規定と厳しい審査がある。現在この熊の姿は、一般には公開されていない


「おもゆ」で育てるのがよいという猟師もいたが、一番驚いたのは嘘か真か「祖母が母乳をやっていたと聞いた」という話であった。そのエピソードを聞かせてくれた猟師は、続けて言う。「あの熊、赤ちゃんの時に、ペットボトルにお湯を入れた湯たんぽを抱えていて腹に低温やけどしたんやの。その時、熊の油塗って治したんやと」。このエピソードは何人かから聞くテッパンエピソードだが、その話をしながら皆うれしそうに笑う。熊の油は、さまざまな使い方があるが、特に火傷に効くと言い伝えられており、今でも猟師たちが常備している高級品のひとつである。



 猟師は熊の個性をこう語る。


「(熊と遭遇する危険に関しては)『熊鈴を付けていればいい』とか、いろんな対策が語られるけれど、熊にも個性があるってことを知っていないといけない。だって、飼われている熊がそうでしょう。『人間は餌をくれるなかま』だと思っている。野生を生きる熊は違う。環境や経験によって、まったく別の個体がいるんだから」



「熊の食べるものならなんでも食べてみる」


 個性の話をする猟師は「熊の気持ちになってみんとわからん」とも言う。秋に熊が食べる木の実をなんでも知っている彼は、「この木の実は甘いよ」と味まで教えてくれるので「食べるんですか」と聞くと、「熊の食べるものならなんでも食べてみる」と言う。「『相手の気持ちになってみる』ってことは、人間関係でも大事やな。そういうことを、動物に教えられている」と笑っていた。



管理や操作ではなく「付き合うこと」


 かつての「自然と近い」暮らしはもはやユートピアだろう。現在、子熊を拾ってきて育てる猟師はいなくなった。だが、親を失った赤ちゃん熊を野に放つこと(数日で死んでしまう)が「自然保護」かどうかは今でも議論のさなかにある。


 半年前までは野生の熊など見たこともなかった私は、熊となると目の色を変え、鉄砲をかついで山を駆け回る猟師たちが、同時にその動物を愛しみ、祀り、その知識と経験をもって人々を守ることもまた目にしてきた。柿や栗の実、ぬか漬けなどは人間だけでなく熊の大好物でもあるため、「食」を介して熊とはち合わせる環境をできる限り作らないこと等、一般的な対策はもちろん必要である。しかし、同時に、彼らからは野生を克服することはできないのだと、最終的には管理や操作ではなく「付き合うこと」なのだと、伝わってくる気もしている。


写真=北川真紀



(北川 真紀)

文春オンライン

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