日本人なら知っておきたい「インスリンを広めた天才たちの悲劇」 — 命を賭けて糖尿病患者を救った三井二郎左衛門、福屋三郎

1月10日(木)7時30分 tocana

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■スーパードクターM

 福屋さんが徴兵されていなくなった後、日本の海はアメリカ軍に制圧され漁業は不可能となり、インスリンの原料である魚が入手できなくなって生産はストップ、陸軍は清水製薬を勝手に指定工場にして、全ての在庫を押収、海軍は鳥居薬品の工場を押収していきました。

 インスリンが手に入らなくなることが知れ渡ると、金と権力のある糖尿病患者の間で奪い合いとなりインスリンの値段は暴騰し、再び「金持病」へと逆戻りします。

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 秋葉原駅から徒歩7分のところにあり、貧困者を無料で治療してくれる三井厚生病院には大量のインスリンの在庫がありました。その在庫の存在を聞きつけると、金持ちからヤクザまで、札束やドスをもって病院に押しかけてきてインスリンを手に入れようとしたのですが、

「ここにある薬は全て貧しき者の為、金持にやる薬はない」

 と言って全て追い返した医師がいました。

 その医師こそ、東大医学部を主席で卒業し、20代で博士号を授与され柔術の達人で、現代の金額換算で年収100億円以上ある日本最大の財閥の御曹司で、貧しい患者から一銭も受け取らず最高の医療を施してくれるスーパードクターMこと三井二郎左衛門というチートキャラです。

 ちなみに内科医なのでメスを投げたりはしなかったようです。

 スーパードクターMは莫大な個人資産をつぎ込んでインスリンを購入し、貧しい糖尿病患者に無料で与えていました。 限られたインスリンの在庫をやりくりするために、飢餓療法とインスリン療法を交互にくり返し、戦争が終って再び薬が手に入るまで延命させる治療方針を取ったのです。

 多くの医師と糖尿病患者が、「大丈夫、清水港に福屋三郎という天才科学者がいるから、戦争が終ればすぐに薬が手に入るから、もうすこしの我慢だ」と儚い希望にすがって痩せ細りながら命をつないでいました。肝心の福屋三郎が一兵卒として前線に送られてしまったことも知らずに……。

 そんなスーパードクターMもB-29には勝てず、昭和20年3月東京大空襲で病院に爆弾が直撃して病院の建物は全焼、インスリンもスーパードクターMも全て失われてしまったのです……。

 その後、昭和20年7月7日、空襲により静岡県清水市のインスリン工場が焼失、最盛期には国内需要を満たしていた国産インスリンの生産は完全に終ったのです。

 インスリンが無かった時代の1型糖尿病患者は発症後、数年以内に糖尿病性昏睡で死亡しており、生存年数は3年以下と言われていたので大半が製造再開まで生き残れなかったでしょう。

 彼らもまた、知られざる戦争の犠牲者なのです。

■後日談

 終戦後、焼け野原になった静岡で、生き残ったインスリン研究室の助手だった加藤重二は、二又川組という土建会社の協力を得てわずか40坪の平屋建ての小さな小屋を建ててもらいました。終戦直後のあらゆる物資が枯渇していたはずの時代ですが、二又川組の棟梁は「たまたま材木が余ってたんだ」と語ったといいます。

 旧制中学校卒(現在の高卒)の助手に過ぎなかった加藤重二は、福屋と共に研究に励んだ5年足らずの短い時を思い出し、女子従業員と共に手作業で魚のハラワタを処理してインスリンの生産を再開しました。

 終戦後、清水製薬は出資者であった武田薬品と三菱財閥から、出資金と全ての債務を放棄する代わりに廃業するよう勧告を受けました。しかし、清水食品の支援により会社は辛うじて存続します。

 極わずかではありましたが、終戦直後から生産を再開して、再び魚のインスリンが販売されることになりました。加藤は福屋の意思を継いで、清水製薬でインスリンの生産を続け多くの糖尿病患者にインスリンを届けたのです。

 今ではインスリンの生産方式そのものが変わり、魚のインスリンは生産されなくなったのですが、福屋三郎の残したインスリンへの思いは今も受け継がれています。

 命は平等であり薬は一部の金持だけの物ではない、薬に貴賎なし「世界一の高貴薬」など存在してはなりません。

 2018年現在、日本で糖尿病にかかる医療費は高い場合でも月額3万6580円(自己負担額約1万1千円)、1年間の自己負担額約13万2千円にまで抑えられています。安いとは言えませんが、庶民の収入の3倍以上にもなる医療費を払えなければ死ねということはなくなりました。

 もう、誰もインスリンのことを世界一の高貴薬などと呼ぶ人間は居ません。

(文=亜留間次郎)

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