海面に100枚の和紙を浮かべて……祖母が涙ながらに教えてくれた“不思議な海岸”での出来事

1月16日(木)17時0分 文春オンライン

 3年前の冬、私の祖母・田中くに子が他界しました。享年88歳。家族に見守られながらの幸せな最期だったと思います。


 今回ご紹介するのは、そんな祖母が亡くなる前に聞かせてくれた話です。


 祖母・くに子は鳥取県の出身で、県の中心部に位置する(今はなき)大栄町のあたりで生まれ育ちました。くに子の父親、つまり私の曾祖父は太平洋戦争で亡くなり、そこからは母親と子どもたちで身を寄せ合い、なんとか戦争末期を生き抜いたそうです。



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母親が亡くなり、子どもたちだけに


 くに子は6人きょうだい(男3女3)の3番目で、次女にあたります。順番としては、一番上が長女で、そこから長男、次女(くに子)、次男、三女。そして6番目の三男は、終戦を迎えた年に生まれました。


 しかし、お産と同時に母親が体調を崩し、そのまま回復することなく、亡くなってしまいました。戦後の混乱期、大人でも生きていくのが大変な時代に、彼らは子供たちだけで生きていかねばならなくなったのです。



 まだ赤子だった末っ子の三男は、みんなで世話をしました。5人で力を合わせて、1日1日をギリギリ耐え抜くような生活だったそうです。そんななか、一番負担を強いられていた長女が倒れ、1週間ほど寝込みました。


「私が倒れたら全てが終わる。今のままでも限界なのに……。早く病気をなおさなければ」


 長女はそんなことを思いつつも、体は一向に回復しませんでした。



長女の枕元に現れた“亡き母”


 ある夜、長女が寝ていると、枕元に人の気配を感じました。きょうだいの誰かが気にして見に来たのかと思ったそうですが、それは違いました。


 長女の枕元にいたのは、紛れもなく亡くなった母親だったのです。彼女は「お母さん!」と、とっさに声を出しました。すると母親は「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝って来たといいます。


 そして続けて“不思議なこと”を口にして、母親は消えました。長女が次に目を覚ますと、すでに朝でした。夢のような現実のような、不思議な記憶……。しかし、母親が自分に伝えた事ははっきり覚えている。そこで彼女は早速きょうだい全員を呼び出し、昨晩の出来事を話しました。



「私たちが助かる方法があるかもしれない。だから手伝ってほしい」


 長女は母親から“きょうだいが助かる方法”を聞いたといい、それを実行しようと相談しました。そして、私の祖母・くに子を含め、みんなでそれに従うことにしました。


海面に100枚の和紙を浮かべて……


 彼らはまず村中から和紙を集め、それらを短冊状に100枚切り分けました。そして短冊の1枚ずつに、長女が筆で“言葉”を書いていきました。それらは全て同じ言葉だったようなのですが、漢字も混じっており、当時のくに子には読めなかったそうです。


 100枚全てを書き終えると、彼らはそれを持って、日本海にある海岸を目指しました。そこは長女が唯一、父母と遊びに来た事がある思い出の海岸でした。


 到着すると長女はひざ下まで海に入り、和紙を海面に浮かべました。和紙100枚が沈むこともなく、波間に揺られたそうです。


 やがて長女は海から上がり、きょうだいたちの所へ来て「お母さんがこれで助かるからって」——そう言って、海面に浮かぶ和紙を眺めました。



 きょうだいみんなでその和紙を、少しの間見守りました。すると風が止み、押し波もなくなり、時間が止まったような不思議な感覚になったそうです。そのとき、バラバラに浮かんでいた和紙が徐々に、横一列になっていきました。そして綺麗にまっすぐ並んだかと思うと、一斉に沖へと吸い込まれるように消えていきました……。


 そんな光景を目にした後、途端に風が吹き、波もたち、時間の感覚が戻ってきました。くに子は、きょうだい全員がこの不思議な体験をしたと言います。そしてともあれ、日が暮れる前にみんなで家に帰る事にしました。



帰宅後、三男を襲った異変


 しかし、家に到着し、落ち着いたところで、長女が末っ子の三男の異変に気がつきました。


 先ほどまで元気だった三男が息をしていないのです。すぐに村の大人を呼びましたが、時すでに遅く、息を吹き返す事はありませんでした……。


 きょうだいは悲しみにくれましたが、皮肉な事に、三男が亡くなった事によって残りの全員はその後も、なんとか生きぬくことができたようです。


「もしかしたらお母さんが私たちを不憫に思い、一番手のかかる三男を連れて行ってくれたのかもしれない……」


 祖母のくに子は、涙ながらにそう語ってくれました。



 そして先日、私は実際にその場所を訪ねました。祖母たちが不思議な出来事を体験したのは、鳥取県にある橋津海岸という場所です。


 海の中の岩場に立つ鳥居がどこか恐ろしく、そして神秘的な海岸でした。


 70年ほど前に、祖母がきょうだいとともにすがる様な気持ちでこの場所にいた事を考えると、心を打たれました。そして、この出来事がなければ、もしかしたら私もこの世には存在していなかったかもしれない……そう思うと、鳥居に向かって手を合わさずにはいられませんでした。祖母と曾祖母、そして亡くなった赤子の3人が、私の心のなかに浮かびました。



(田中 俊行)

文春オンライン

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