「ありのままの自分でいい」とかいう馬鹿の甘えが老害を量産する

1月16日(木)6時0分 文春オンライン

 でっかいカラオケボックスで関係先の新年会があり、半分女子会みたいなノリになってしまって居心地が大変悪かったんです。うるせえぞお前ら、人のカラオケは静かに聴け。で、途中でディズニーの問題作『アナと雪の女王2』の話題になり、内容への賛否を巡って中年女性陣が激論となり、どうでもいい私は半笑いでビール飲みながら置物状態になっておりました。



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好きなことで生きていくのは悪くない


 映画を観ていない私には口を差し挟む資格はございませんし、彼女たちの人生観、女性観については是非もなし。いろんな意見があるのはいいことですね。ただ、話は女性同士の友情は育めるのかとか、ありのままで生きることの尊さみたいなテーマに移り、俄然萎えるわけです。


 いや、まあ、ありのままで生きる、というのは原則として素晴らしいことだと思うんですよ。みな、ありのままに、自分の好きなように生きていきたいと思っていて当然です。


「好きなことで生きていく」というのは人生の理想であり、好きなことであれば取り組める、好きなことがカネになるというのは良いことだと思います。それは間違いない。


「ありのままの自分では立場がなくなる」という認識


 でも、実際には私たちの人生を思い返せば、仕事というのはたとえ好きな領域の事柄であっても、その仕事の8割9割は面倒くさい雑用であり、くだらない人間関係に支配されています。顔は笑っていても、心の中では呪詛が唱えられ、ここで自分をありのまま出したら思わぬ地雷を踏んでポジションを失うのではないかという計算が働きます。


 初代『アナと雪の女王』のテーマソング「ありの〜ままの〜♪」が女の子たちだけでなく働く男女にヒットしたのも、ありのままの自分を出したらいろんな面で立場がなくなることの怖ろしさが分かってのことではないかと思います。



 そして、私たちは心のどこかで自分の周囲、職場、学校、好きな人、家族などに、自分のありのままを受け入れて欲しいという願望があります。酔っ払った女性がよく「私にはいい男がやってこない」という愚痴に続いて「私の外見よりも中身をありのままに愛して欲しい」とか仰るわけですが、うるせえ鏡を見ろ。中身をありのままに見た結果、酒を飲んで酔っ払って盛大に愚痴を垂れ流している女性であったならば、そりゃあ当然男も寄って行かないよなあ、食虫植物的な状態だよなあと思います。



ただ少し生き方に不器用だっただけで


 男性においても、思い通り、素直に生きるという人生の方針に目覚めて、勉強も研鑽も放棄したような人物が沢山います。私のようなアラフィフに近づいた人間の同期にも、大学を出たのに自由な生き方をしたいと言って就職活動を放棄しフリーターの道を進んで、いまでも同じように働いている奴らがおりますが、やっぱりちょっと可哀想な人生を歩んでいます。決して成績が悪いわけでもなく、人が悪いどころかむしろ良い奴で、ただ少し生き方に不器用だっただけで人間ここまで燻(くすぶ)ることができるのか、うだつが上がらないとはこういうことなのか、と感じさせる人物には事欠きません。



 結局、世に言う「ありのまま生きる」というのは、自分をより高いところに導いていく努力をどこかで放棄してしまった人たちの自己憐憫の言葉なのかとすら思います。老害一直線です。


 時代も世の中も絶えず移り変わっていく中で、自分の生きてきた範囲内でだけ感じる「ありのまま」は心地よいかもしれないけど、スキルを磨き、人の役に立って初めて働く価値、生きる意味を感じ取れるのが人間社会である以上、時と共に変化し成長できなければ人生の醍醐味を失ってしまうのでしょう。


思考停止がその後の人生を腐らせる


 確かに、いままでの延長線上で自分の人生の将来を見据えるのは仕方のないことですが、居心地のよいありのままの姿でいたとして、肉体は老いるし、知識は錆付き、スキルは遅れていきます。仮に若い頃頑張って良い大学に入ったとしても、そこがその人の人生のピークになってしまったのだとしたら、それは本当に自由にありのまま生きたことになるのでしょうか。



 例えば、いま日経新聞で連載されている日本証券業協会会長で、元大和証券会長の鈴木茂晴氏の私の履歴書が超絶ヤバいんですよね。


 壊れたバイクを海岸に捨てたり、株式注文キャンセルの注文をやりすごすために顧客に嘘をついたり、いまなら違法で一発アウトと言いつつ、武勇伝として昔はおおらかでしたと豪語されている。あ、この人はありのままに生きてきた人なんだな、って。そういう人が出世して、日本経済の枢要なポジションに就いているというのは、大丈夫なんでしょうか。


私の履歴書 鈴木茂晴(11)支店 知らずに営業 客はヤクザ すすめた投資で損、大ピンチ

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54260440Q0A110C2BC8000/


 自分を押し殺し真面目に生きた人が馬鹿を見て、好き放題やり多少のスネ傷は万事OKとありのままに生きる人がストレスなく出世していった結果、我が国の社会の上のほうは概ね自己研鑽も行わず遵法精神にも乏しい老害が占める現象って、つまりは「要領よく生きろ」と言われているようなものなんですよ。



変化を受け入れられず老害化


 やはり人間、危機感を持ち、自分なりに競争の場に身を置いて、どうにか前を向いて戦っていくぞ、頑張っていこうという意欲が出ない限り、時代の波にもまれて沈んでいってしまいます。「いま、まあまあ上手くいっていて不満はないから、ありのままのやり方で良いのだ」という思考停止がその後の人生を腐らせ、また、いま苦しい環境を作っている雑務や人間関係から解き放たれることを夢見てありのままを求めるのは現実逃避以外の何物でもないのです。


 そして、煩わしい人間関係を忌避した結果、内輪で限られた友人たちに囲まれて楽しくやれることを求める人たちほど、死に絶え往く衰退ジャンルにしがみつき、簡単に老害化してしまうのが定番です。いずれ、自分は何が楽しかったのかもはっきり認識できないようになると、新しく出てきた流行を取り入れることもできなくなって、昔は面白かった、楽しかった、良いものばかりに満ち溢れていたという懐古厨に陥ってしまうことになります。



 ありのままの自分を求めることで、実は「たいして価値を生みださないままの自分」の中に安住し、なんら外界と向き合うこともないまま年を重ねてしまって、気づいたころには身動きが取れなくなってしまう、という悲しい結末を迎えかねません。ありのままの自分を捨てて、環境にあわせて自分が変化できなければ、変化を受け入れられない自分は居心地の悪い変化を怖れるようになるのでしょう。


「ありのまま」の中年以上が若者の足を引っ張る


 政策でも社会でも職場でも地域でも家庭でも、同じことは起きています。日本国内に安住し、外国に出なくなった若者を愚痴る中年もまた、自分は決して海外にいま頻繁に出入りしているわけでもないのに「日本の若者は内向きでけしからん」と愚痴を言っています。人口比で言えば、日本人は昔と比べて決して海外に出なくなったわけでもないのに。


日本人の海外旅行:20代の出国率、90年代水準に回復

https://www.nippon.com/ja/features/h00281/


日本人学生の海外留学者数の推移まとめ!

https://education-career.jp/magazine/data-report/2019/number-study-abroad/



 離婚も転職も、新しい環境に踏み出す日本人が実は増えている一方、国内でネットに愚痴を書いているおっさんが増えているのは、実のところありのままに生きたいと思っている進歩のない中年以上の男女がいまの若者の足を引っ張っているだけなのではないかと思います。



(山本 一郎)

文春オンライン

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