「先生との出会いがなければ、私の学問人生はなかった」磯田道史が振り返る“わが師・速水融との出会い”

1月16日(木)6時0分 文春オンライン

 映画化もされた『 武士の家計簿 』などで知られるテレビでもお馴染みの歴史家、磯田道史氏。“この希代の歴史家”誕生の裏には、1人の“師”との出会いがあった——。


磯田 速水融先生との出会いがなければ、私の学問人生はありませんでした。私の歴史家としての方向づけを決める上で、最も影響を受けた人物です。



磯田道史氏


“日本の歴史人口学の父”との出会い


 こう語る磯田氏の“師”である速水融(あきら)氏は、1929(昭和4)年生まれ。


 慶應義塾大学教授、国際日本文化研究センター教授、麗澤大学教授を歴任し、経済史研究に数量史料の利用を積極的に取り入れ、日本に「歴史人口学」を導入したことでも知られ(速水氏の友人でもある仏の歴史人類学者エマニュエル・トッドは“日本の歴史人口学の父”と讃えている)、「宗門改帳」から個人や家族のライフ・ヒストリーを追う、という新しい歴史分野を開拓した。これらの研究成果を数多くの国際学会にも報告し、晩年まで研究意欲を失っていなかったが、昨年12月4日に90歳で逝去した。



磯田 先生のことを知ったのは、私がまだ高校生の頃のこと。今でも鮮明に覚えています。


 高校3年の3月、高校の制服を着て、地元の岡山大学の図書館を訪れました。当時、私は歴史を専攻することははっきりしていても、どの時代にするかは決めかねていて、受験を終えたところで早速、大学の図書館を訪れたんです。


 ところが、入口で「高校生の利用は許可していない」と言われてしまい、落胆していると、あまりに可哀そうだと思ってくれたのでしょう。職員の方が「利用」はダメですが、「見学」ならいいですよ、と言ってくれたんです。それで図書館に入り、別に職員がついて来るわけでもなく、1人で書架の前に行きました。


 書架にある歴史書の題名を1つずつ見始めました。(略)“異色の1冊”が眼に飛び込んできました。『近世農村の歴史人口学的研究——信州諏訪地方の宗門改帳分析』という本で、著者名には「速水融」とありました。



「圧倒的な革新性は、高校生の私にも分かりました」


磯田 どうしても中身が気になりました(笑)。しかし、書架の本を開けてしまえば、「見学」ではなく「利用」となってしまいます。でも我慢できません。京都府立大学の合格は決まっていたので、「あと20日もすれば“大学生”だから」と、周りをキョロキョロ見回しながら、ついつい本を開いてしまったのです。


 驚きました! 「江戸時代の庶民の暮らし」がテーマなのに、生物学の教科書でしか見たことがないような「生存曲線」(ある種の生物の生活史において、時間経過に従って個体数がどのように減ってゆくかをグラフ化したもの)が描かれていたからです。1973年の初版刊行から17年近くも経っていたのにあまりに斬新で、衝撃を受けました。



 あの頃“歴史の本”と言えば、マルクス主義の革命目的史か、無味乾燥な制度史研究ばかり。『宗門改帳』から「農民の結婚年齢」や「平均寿命」といった“数字”をコツコツ出すなんて尋常ではありません。


「なんて学者だ!」と思いました。“数字”が出せるということは、時間や空間が異なる社会との比較も可能になります。その圧倒的な革新性は、高校生の私にも分かりました。


◆◆◆


 その後、速水氏に学びたくて慶應大を受け直した磯田氏だが、“運命のいたずら”が待ち構えていた……。



 磯田氏が速水融氏との出会いについて存分に語った「 わが師・速水融が変えた『江戸』の貌 」の全文は、「文藝春秋」2月号に掲載されている。



(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2020年2月号)

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