ちょっと奇妙なデザインの建物に寄生 水郡線全駅21【50代から始めた鉄道趣味】210

1月16日(木)11時30分 鉄道チャンネル

トップ画像は下野宮駅舎。というか、この駅も野木沢駅と同様に駅が「下野宮集会所」のちょっと奇妙なデザインの建物に寄生している感じです。建物の左端に駅の出入口があります。

矢祭山駅を出ると2度久慈川を渡り右岸に戻って次の下野宮駅があります。これは二度目の渡河。手前は道路を越えて、奥で久慈川を渡ります。

矢祭山駅から4.9kmで下野宮駅です。既に茨城県に入っています。

下野宮駅、かつてはホームが2面3線で貨物の引き込み線があったそうです。この横取装置のポイントが元の貨物用引込線でしょう。現在のホームは単式の棒状駅です。線路の形から過去の2面3線は想像出来ませんね。

真っ直ぐなホームの背後に「下野宮集会所」があります。ホームに立てられているのぼり旗には「大子町へようこそ」と書かれています。この駅から茨城県久慈郡大子町なのです。

集会所の左端に下野宮駅の出入口があります。レンタカーで行った8月29日(木)は午後3時半。

駅舎内部は待合室になっています。ホームへの出入口の上には文字掲示板があって列車情報を流しています。

ホームから駅の出入口、扉の上には「下野宮駅」の駅名が掲げられています。

駅舎からホームまでは通路が設けられています。

通路から駅舎とホームの間を見ると、旧ホームがそのまま残っていました。花壇と白線が残っています。

旧ホームには縦型の9号型駅名標がそのままになっていました。

現在のホームに出て、矢祭山駅、安積永盛駅方面を見ています。周囲は山々です。久慈川は右(南)側150mほどにあります。

駅名標。1930年(昭和5年)常陸大子駅〜東館駅間の延伸開業にともなって下野宮駅が新設されました。時期は分かりませんが2面3線と貨物用引込線がありましたが、現在の集会所併設の駅になって旧ホームの南側に新たな単式ホームが作られました。

地名の歴史は、1889年(明治22年)町村制施行で、矢田村・川山村・冥賀村・高田村・下野宮村が宮川村になりました。下野宮村の「宮」と川山村の「川」から宮川村です。

1955年(昭和30年)大子町・依上村・袋田村・宮川村・佐原村・黒沢村・生瀬村・上小川村と下小川村の一部(西金・盛金の一部)合併して大子町が誕生しました。下野宮村は大字で地名が残っています。駅所在地は大字下野宮です。そして下野宮駅と下野宮郵便局、下野宮小学校(残念ながら2009年に廃校)が地名の記憶を残してくれます。

これから向かう水戸方面を見ています。

貨物線用引込線を駅舎の横から観ています。夏草でレールは見えません。

駅舎の横というかホームの裏に元貨物ホームが残っていました。ほとんど埋まっていますが、辛うじてレールの一部も見えます。

オマケというか、ちょうど15:45発の郡山行列車が到着して出て行きました。水戸駅起点の62kmのキロポストが見えます。この駅から郡山駅までは1時間41分かかります。反対の水戸駅までは1時間半ほど。どちらも近くはないですね。

では、茨城県を水戸駅に向かって進みます。

水郡線全駅22【50代から始めた鉄道趣味】211 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)

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