ホームレスとその「庵」を10年間撮り続けた写真家・野口健吾インタビュー! 西成、池袋、茨城…出会った野宿者は600人、厳しさ増す現状!

1月17日(金)16時0分 tocana

※【開催中・写真展】野口健吾写真展「Along the Way」は東京・丸の内のエプサイトにて



 昨年11月、銀座ニコンサロンで「庵の人々 The Ten Foot Square Hut 2010-2019」というタイトルの写真展が開かれた。


 作家は野口健吾さん。展示された写真は野宿者と彼らが生活する小屋とを撮影したものだ。およそ10年にわたる期間に撮られた膨大なカットの中から選び出された写真は会場を狭く感じさせた。写真に写る、それぞれに工夫を凝らし作り上げられた生活空間とその住人たちの表情は多種多様で、彼らの日常、来し方や行く末に思いをはせずにはいられない。 


「庵の人々」を取り始めた経緯。撮影を通して考え、見えてきたこと。この1月6日から始まった新作の写真展について話をうかがった。





◾︎石垣島のジャングルで出会った独居老人


ーーなぜ「庵の人々」を撮り始めたのですか?


野口 僕は横浜に住んでいるのですが、電車で多摩川を渡る時にブルーシートで作った小屋が並んでいるのを日頃から目にしていて、存在として気になっていたんです。それと、学生時代に沖縄をヒッチハイクしていた時に、石垣島北部のジャングルで、独りで生活している老人に出会ったことが大きなきっかけになっています。


ーー沖縄や離島地域にはロビンソン・クルーソーのような老人が何人かいますよね。野口さんが出会ったのはどんな方でしたか?


野口 タジマさんと言って元々は埼玉の人らしいです。最初の出会いから3回撮影させてもらい、「海辺の老人 An old man on the beach」という作品として完成したのが26、6歳の時。タジマさんとの出会いは、学生だった自分にとっては強烈なカルチャーショックで、そこから都市の路上生活者や多摩川に小屋掛している人たちを訪ねるようになりました。当初はダンボールハウスの住人や路上に寝ている人も撮っていましたが、今のスタイルに落ち着いたのは2010年くらいからです。





ーー最初に撮ったのはどこですか?


野口 横浜の鶴見川と渋谷の宮下公園です。


ーー撮影したいと思った人にはどのようにアプローチするのですか?


野口 挨拶をして「立派な小屋ですね」とか「どんな風に作ったんですか」っていうように世間話から始めます。最初はカメラは出しません。「ほっといてくれ」っていう人たちが圧倒的に多いから、10人に声を掛けて撮らせてくれるのは1人か2人。確率としては少ないです。話をしてもらえないこともあります。そういう時は「ありがとうございました」と言って、その場を去ります。


ーー10年間でどのくらいの場所を回ったのですか?


野口 基本的には自分の生活圏内が中心ですが、多摩川、鶴見川、隅田川、荒川、宮下公園、上野公園、代々木公園、隅田公園、そのほかの小さな公園とか。茨城県では東京藝大取手キャンパスの近くの野宿者のコミュニティにも行きました。





ーー茨城県と言えば、NHKでドラマ化された「岩窟おじさん」は一時期、小貝川周辺で生活していたはずです。


野口 そこでも撮りました。そういうコミュニティは探すと意外とあるんです。ほかには大阪の淀川。学生時代にストリートスナップを撮っていた頃には西成にも行きました。写真を撮っている学生なら井上青龍とか森山大道に憧れる時期ってありますよね。西成で撮っていてヤクザに追いかけられたとか。当時はモノクロ写真で暗室作業もすごくやっていて「森山病」みたいな感じでした。あとは沖縄ですね。


ーー野宿者支援団体のサポートを受けたことは?


野口 池袋の「てのはし」や渋谷の「のじれん」、新宿の「スープの会」には知り合いもいますし何度か参加したこともあります。でも、撮影そのものは1人で続けてきました。


ーー10年間で何人を撮ったのでしょう? 


野口 撮影したのは50〜60人。出会ったのは500人から600人でしょうか。


ーーみなさん、どのような背景を持った人たちなんでしょうか?


野口 高度経済成長期より土木の仕事をしてきた結果、年老いて仕事がなくなり、経済的な理由からそういう生活をしている男性単身者が圧倒的多数ですが、それぞれ千差万別。多様です。






ーー時間をずらして同じ人を、定点観測的に撮影していますね。


野口 時間の流れや環境の変化を捉えられることは写真の特性ですよね。「時間」や「記録」は僕にとって重要なファクターなんです。





◾︎「個」として対峙し、野宿者を撮る


ーー野宿者とその生活の場である小屋とその周辺を1つのイメージとして撮影しています。このスタイルに至った理由を教えてください。


野口 20代前半にはストリートスナップを撮ったり、フィルムやデジタル、モノクロやカラー、その他にさまざまなギミックも試していました。自分の写真の鉱脈を見つけたいという意識で色々と実験をしていたんです。当初から自分は「外に出て、足で稼いで、身体で撮る」ようなタイプの写真家だと思っていました。その頃、他のフォトグラファーが撮った路上生活者の写真には、コントラストの高いモノクロで荒々しいものがすごく多かったんです。しかも、隠し撮り的に撮られていました。そこに疑問があって。


ーーなるほど。


野口 僕自身は彼らの生活や生き方、死生観も含めて興味を持っていたので、もっと人間そのもの、個として彼らと対峙したいという思いがありました。自分にとってニュートラルでシンプル、かつ、飽きない撮影方法は何なのかを撮りながら考えるなかで、現在の撮り方にすっと入っていった感じです。





ーー文化人類学のリサーチャー的な観点というか、ある種の標本のように撮ったというか、野宿者個人と生活環境をそのまま切り取っていますね。写った環境から庵主たちそれぞれの人生の物語を読み取ることもできるような。一方で、被写体へのシンパシーが感じられるようにも見えました。


野口 そうですね。でも、今、僕は彼らのような生活をしていません。その部分から、あくまで他者だという意識があります。彼らに「寄り添おう」とか、そういう上から目線は全くありません。むしろそういうような言いかた、スタンスをとることはマズいという思いがあります。このことは、人を撮るうえですごく気をつけなければならないセンシティブな問題ですよね。






◾︎「庵の人々」は現代の『方丈記』


ーー「庵の人々」というタイトルから、野口さんはこの作品を鴨長明の『方丈記』になぞらえているのでは、と思いました。


野口 撮影をしていて「そういえば国語の教科書に載っていた『方丈記』の庵ってこういう小屋、あばら家だよな」って思ったんです。「方丈」って、今でいうと3メートル四方。四畳半よりちょっと大きいくらい。10年間、定点観測的に何度も撮りに行っていると、小屋が潰れていたり、火事で焼失したり、台風で吹き飛ばされたり、住人がいなくなっていることもあるんです。それで、あらためて読んでみたら、鴨長明の無常観とすごくマッチしたんです。





ーーやはりそうでしたか。


野口 人と住みかというのは本当にコロコロと変わっていく。同じままのものなんてないし、常にそこにあるものなんてない、ということが自分の写真にそのまま現れていた。それでますます『方丈記』は面白い、示唆に富んでいると思いました。「自分が撮っている写真と同じことを鴨長明は1000年前に書いている」と強く感じたんです。「時空を超えて不変なものはない」ということが不変。「変わらないものはない」ということは変わらない、っていう。





ーー『方丈記』の背景は都の大火事や飢饉、竜巻や大地震といった自然災害が多発して、多くの人が不安に陥った時代です。その状況が今と似ているような気がしていて。野口さん自身、『方丈記』と「庵の人々」である野宿者に対して思うところはありますか?


野口 いつ地震が来るかわからない。物があふれる一方で大量に廃棄されている。環境破壊が進んでいる。そういう時代のなかで『方丈記』や野宿者の生活、一般社会から離れた場所で独自の生活を築いている彼らの生き方には、現代を生き抜くヒントがあるんじゃないかと思います。





ーー野宿者たちと鴨長明に通底している部分は何だと思いますか?


野口 それぞれが多様だから「野宿者はこうだ」というように一般化することはできません。でも、あえて言うなら「必要最低限のモノでタフに生きている」ということでしょうか。あとは、自身の「老い」や「生と死」を見つめていますよね。住んでいる所も仮の宿に過ぎないし、つねに孤独と向き合っている。鴨長明も、他者との交流はあったけれど、隠遁と言ってああいう生活をしていたから、余命のこととか孤独のこととか、一方で、自由であることだったり、向き合って考えたのだと思います。野宿者は生活保護を受けて施設に入ることもできると思うんです。けれど、あえてああいう生き方を選んでいる人もいる。






◾︎一般的な野宿者観が崩れていった


ーー「社会から落ちこぼれた人」「現代の仙人」というように、メディアで紹介される現代の野宿者は、極端なステレオタイプで捉えられがちだと思うんです。一方で、野口さんの写真の庵の人々は、それぞれが個々の生活者としてフラットに写っています。写真展のトークのさいに、野口さんは「近すぎず遠からずの距離感に配慮して撮影していたと」言っていました。写真家の作風は被写体との距離感に表れると思うのですが、どのような意識で撮影したのですか?


野口 あくまで「個」と「他者」としての距離感で撮るので、仲良くなろうとして近づくわけではありません。その人に興味はあってもひんぱんに訪れることはしないし、彼らもそれを求めてはいない。「また来てよ」って言われることもあったけれど、しょっちゅう行ったら迷惑ですよ。お互いの名前さえ知らない人もいます。ただ、撮らせてもらった人にプリントした写真を渡したり、ワンカップを差し入れたりすることはありました。





ーーこれまで撮影してきたなかで影響を受けた人、強く印象に残っている人はいますか? 


野口 パノラマ写真で発表した淀川のおっちゃんと、東京都内で白いドームに住んでいるおじさんですね。2人とも工夫しながら自分自身で生活を作り上げている。シンプルだけど知恵に富んだ彼らの生活を見て、僕自身が野宿者に対して持っていた先入観が解体されました。「貧困」とか「自由」とか「公共性」とか「孤独」といった世間一般の野宿者観、常識のバイアスがかかった野宿者の概念が覆されたというか。





ーー淀川のおっちゃんはどういう人なんででしょう? 


野口 サトウさんという人で、彼は「河川敷停留所」っていう休憩所を作っているんです。そこでは川べりで犬の散歩をしている人が休憩していく。花火大会の時は庵のまわりにVIP席を作ったり手作りの吸い殻入れを設けたり。そんなこともあって、彼の元には人が集まってくるんです。閉じ籠らずに世間とコミュニケーションを取っている。畑でゴーヤを作ったりミミズを集めて腐葉土を作ったりもする。そういう人だから、小屋にソーラーパネルを付けてあげたりとか、周囲の人々が彼の生活を手伝うこともありました。彼は手記も書いていて、それは、写真展でも展示しました。





ーー先に「『時間』や『記録』は重要なファクター』だと言っていましたが、撮影してきた10年間に起きた、彼らの環境の変化について、何か気づいたことはありますか? 


野口 東京オリンピックの開幕に向けて野宿生活がどんどん厳しくなってきていることは感じます。きっと、いずれ消えゆく風景なんでしょうね。天候や気候といった自然環境的にも厳しくなってきているというのもありますね。温暖化じゃないけれど、特にここ数年の夏の暑さは異常ですよ。昔はそこまで酷くなかった気がする。台風や記録的豪雨、水害の頻発によって、野宿そのものが難しくなってきている気がします。



◾︎新作はインドのバックパッカーたち





ーー東京・丸の内のエプサイトで写真展「Along the Way」が1月6日から始まりました。日本語に訳すと「道に沿って」「旅上」という意味になるでしょうか。バックパッカーを撮ったポートレートで構成されていますが、どのような経緯でこの作品を?


野口 2016年から2017にかけての1年にインドに行く機会があって、その時に撮りました。「庵の人々」の野宿者から緩やかにつながっているのかもしれないのですが、旅や人の移動、そこに流れる時間に興味があって、自分自身もバックパッカーとして旅をしながら、最低限の荷物だけを持って定住せずに移動している人たちのとの出会いや別れをポートレートの形で撮ってみたかったんです。


ーー「定住しないこと」「移動」、「最低限の装備」という点で、野宿者とバックパッカーには通じる所がありますね。どうしてそういう人たちに魅かれるのでしょうか?


野口 野宿者やバックパッカーのポートレートを撮ることは、具体的な人を撮っていることになるけれど、人の移動であったり、時間の流れであったり、人生の移り変わりであったり、写真が持つ時間性や記録性、同じものはなく常に移り変わっていくサイクル、そこに現れる不易流行といった、もう一歩引いた、抽象的な事柄にも興味があるんです。


ーー抽象的な事柄と言えば、2013年の「Portraits(meditation)」は不思議なポートレート作品ですね。あの、わずかにブレてぼんやりとしたような肖像写真は見たことがありません。





野口 インドとネパールで座禅を組んで瞑想している僧侶を長時間露光で撮影したものです。「内省」「ポートレート」「時間」。自分の内に入っている人のポートレートと時間の含み、というのに興味があったので、1分間から2分間シャッターを開けっぱなしにして撮影しました。そうすることで、そこには時間も含まれる。さらには写真的な要素と映像的な要素も含まれている。自分のなかで「Portraits(meditation)」はそういうことを考えるための実験でした。


ーーなるほど。


野口 ポートレートは人を具体的に撮ることだから、個々の被写体について聞かれることが多いのですが、シリーズを重ねるごとに自分の興味、視点はもう少し緩やかにそういった概念へと広がっているのじゃないか、ということが頭の中にはあります。自分自身、まだよくはわかっていないんだけれど。そんなこともあって、なぜそれを撮ったのかとか、シリーズ全てを結びつけて統一したうえで言語化、話すことは、今の段階では難しいかもしれないですね。


ーーこれからも撮り続けて、10年、20年経った頃に何かがわかってくるのかもしれませんね。



◾︎写真展は1月20日まで。Zineも発売中


 最後にあらためて、野口健吾写真展「Along the Way」は東京・丸の内のエプサイトにて、1月20日まで開催されている。ぜひとも見に行ってみてください。


 また、「庵の人々」「Along the Way」ともに、写真展に合わせて作られたZineが作られていて、オンラインで購入することが可能だ。写真展に行けない読者にも、野口さんがこれまで撮ってきた「定住しない人々」の肖像たちを手にとってみて欲しい。


◾︎作家プロフィール


野口健吾(のぐち・けんご)


 1984年、神奈川県生まれ。立教大学社会学部卒業。東京藝術大学大学院美術研究科修了。2016年、ポーラ美術振興財団在外研修員(インド)、2017年、吉野石膏美術振興財団在外研修員(アメリカ)を務める。


公式サイト:http://www.kengonoguchi.com/


◾︎写真集販売サイト


https://kengonoguchi.stores.jp/


◾︎写真展インフォ


写真展「Along The Way」

会期:2020年1月6日(月)〜1月20日(月)

時間:10:00〜18:00(最終日は14:00まで)

休館:日曜日

会場;エプサイトギャラリー

東京都千代田区丸の内3-4-1 新国際ビル1F

URL:https://www.epson.jp/showroom/marunouchi/epsite/gallery/

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