安藤優子×中島恵×渡辺靖、米大統領選にみた世界情勢「トランプ氏再選のアメリカ、なぜハリス氏は敗れたのか。強烈なリーダー像を求める国民の思いとは」

2025年1月19日(日)12時45分 婦人公論.jp


右から、安藤優子さん、中島恵さん、渡辺靖さん(撮影:本社・武田裕介)

〈発売中の『婦人公論』2月号から記事を先出し!〉
4年ぶりにアメリカ大統領の座に返り咲いたトランプ氏。ヨーロッパや中東では紛争の収束が見えず、中国や朝鮮半島の情勢も楽観視できないなか、世界情勢はどうなっていくのか。日本への影響は?
大国アメリカと中国社会の読み解きを入り口に、専門家たちが2025年の動きを予測する(構成=古川美穂 撮影=本社・武田裕介)

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女性初の大統領が
誕生しなかった理由


安藤 今日は現代アメリカの政治を研究している渡辺靖さんと、中国を含めたアジア事情に精通しているジャーナリストの中島恵さんという、それぞれのエキスパートにお話を伺うのを楽しみにしてきました。

渡辺 昨秋の大統領選は異例ずくめ。その辺のことを中心にお話しできればと思っています。

中島 私の場合は中国の政治や外交といった大きなことより、一般の人々の声や街の様子などミクロなことに主眼を置いて取材を続けてきました。今日はそうしたなかからお伝えできることがあればと思います。

安藤 では、まずは何といっても日本にとっても影響の大きなアメリカ大統領選挙から。今のアメリカ社会を理解するためにも、ドナルド・トランプ氏が再選された背景を知りたいです。

日本では接戦と報道され、終盤ではカマラ・ハリス氏が優勢のようにも伝えられていました。渡辺さんに伺いたいのですが、なぜハリス氏は負けたのでしょうか。女性に対する偏見、いわゆる「ガラスの天井」がまだ存在するという声もあります。

渡辺 ハリス自身の属性は直接敗因にならなかったと思います。実はトランプは決して強い候補者ではありませんでした。4度訴訟を起こされ、弾劾裁判にかけられていた。

しかし選挙前にバイデン政権の支持率は相当落ち込み、アメリカ人の7割ぐらいが「アメリカは間違った方向に行っている」と考えていました。副大統領のハリスはその連帯責任を問われるなかで戦わざるをえなかったのは大きい。

安藤 そうですね。私も女性だから、マイノリティだから負けたとは思いませんでした。

渡辺 後々になってこの選挙を振り返ったときに、思い出されるシーンが2つか3つあると思うのです。ひとつはバイデンの討論会での出来の悪さ。

安藤 口ごもったり、言い間違いをしたりと、大失点の場面が目立ちましたね。

渡辺 弱々しいバイデンと、演説中に銃撃を受けた直後にトランプが拳を振り上げ、「ファイト!」と連呼した姿勢とのギャップは大きかった。

中島 たしかにあの場面はテレビで見ていても印象的でした。

渡辺 もうひとつ、選挙戦の最後のほうで、錚々たるハリウッドのセレブたちがハリスを応援しました。しかし物価高で日々の生活に苦しんでいる人が多いなか、民主党はお金持ちで華やかで進歩的なセレブたちに支持される政党だというイメージを与えてしまった面があります。

安藤 反対にトランプ氏はマクドナルドで働くパフォーマンスをしたり、ゴミ収集車に乗ったりと、庶民の側にいることをさかんにアピールしていましたね。

渡辺 はい。どちらかといえば、これまでは民主党が労働者に寄り添う党で、共和党はお金持ちや大企業が支持しているというイメージでした。それが気づいてみると逆転していた。

安藤 私も同意見です。ハリス氏はカリフォルニアの司法長官を務めた、エリート中のエリート。しかも、一分の隙もないファッションで選挙戦に臨んでいました。そこにセレブがどんどん応援にやってくる。

人々は「民主党は貧しい人たちに寄り添って、自分たちにパンをくれる政党だったはずなのに、いつのまにかエリートで、ハイクラスでセレブな人たちの党になった」と感じたのではないか。それをハリス氏という存在が象徴しているように見えました。

渡辺 そのうえハリスの言葉には重みがないと、表に出るたびに評価が下がっていった。

安藤 彼女の言葉はサラダみたいに混ぜこぜで、結果として人に何も伝わらない「ワード・サラダ」と言われていましたね。わかりにくくて難解な言葉も多かった。人々の心を動かすのは高邁な理想ではなくて経済、パンだという選挙の鉄則を忘れたところに敗因があったのでは。

渡辺 まったくおっしゃる通りだと思います。

中国人は強い
リーダーが好き


安藤 中島さんの目には、大統領選はどう映りましたか。

中島 つくづく感じたのは、アメリカも多民族国家でさまざまな考えの人がいて、非常に奥が深いということです。たとえば中西部の「ラストベルト(錆びた工業地帯)」に住む貧しい白人の方々の実感は、私たちにはわかりません。

日本のメディアも取材はしていますが、それでも本当にわずかなことしか伝わっていない。中国もアメリカも同じように、100の事実があるとしたら私たちが知っているのは5か6ぐらいではないかと。

安藤 本当にそうですね。ところで今回の大統領選で浮かび上がったキーワードのひとつに「マッチョ」があると思います。

既成のルールを超えてでも自分の意志を強引に押し通す。多少間尺に合わないことがあってもそのマッチョな強さがブルドーザーのように押して行き、自分たちをどこかへ連れて行ってくれることを「民主主義」自体が求めたのではないか。

渡辺 ここまで分断が進むと、オバマ的な「保守でもリベラルでもなく」というアプローチでは無理だという幻滅があります。むしろ「自分のやり方に従わない奴は敵だ」と言う強権的なリーダーを多くが求めた。

その強引さを「民主主義の破壊」と言う人もまた多い。しかしトランプ支持者からすれば、それは破壊ではなく再生であり、トランプこそ民主主義を回復しようとしている、となるわけです。

中島 お互いに見えているものがまったく違うのですね。

渡辺 ええ。議会襲撃事件を扇動したとか、何万回噓をついたとか、日本から見ていると「なぜあんな人が?」と思う方も多い。選挙前の『日本経済新聞』の世論調査では、日本人の71パーセントがハリス支持でした。日本から見たアメリカと実際のアメリカにはギャップがあります。

中島さんのおっしゃるように、私たちの海外の国への視線には少しチューニングが必要ですね。

安藤 中国にも習近平国家主席という強烈なリーダーがいます。そのリーダーシップのもと、中国は分断せずに進むのでしょうか。

中島 分断以前に、中国人はもともとバラバラな14億粒の砂のような人たちです。ただ昔から中国人は、強いリーダーが好きな傾向はあります。広大な国なので、強いリーダーでなければまとめられない、という面も。

安藤 実際、国民の習近平氏への支持はどうなのですか。

中島 経済が良いときは支持も非常に高かったです。彼のおかげで14億人が年に何度かは肉を食べられる豊かな国になったと。でも中国も多様化してきましたし、コロナ禍が始まった2019年末以降は経済の悪化や政治の圧力などで社会が悪い方向へ向かい、国内の不満はくすぶっています。

北京の街中で誰かが習近平氏の悪口を書いた横断幕を掲げるような事件も起きている。強いリーダーを求めてはいるけれど、今は自分たちの生活で精いっぱいという感じはあると思います。

安藤 暮らしで精いっぱいというところは、アメリカとよく似ていますね。

渡辺 一国のなかでもニューヨークやロサンジェルスのような都会と地方はまったく別物の精神性が支配していて、暮らしのあり方も全然違います。

中島 中国で北京や上海のような都市部と農村部が驚くほど違うように、アメリカも地域格差が大きいのですね。

安藤 まさしく。都市部の人たちの意識がアメリカを代表していると思ったら大間違い。

渡辺 アメリカ国民の政府への信頼度というチャートを見ると、1960年代には70%近くが政府を信頼している。しかし2010年ぐらいからは20%台に落ちているんです。

安藤 かつての3分の1ぐらいなのですね。

渡辺 だからトランプぐらい強権的な人物でないと、この硬直したシステムは変えられないと考える人も出てくるわけです。

社会がどんどんリベラルになっていくなかで、それを面白く思っていない人たちは一定数いる。今のアメリカ社会の反動は、そういう一見粗野な動きとなって出てきていると感じます。

<後編につづく>

婦人公論.jp

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