栗山監督、「出会った」と思った中田翔に続く思い

1月19日(土)6時0分 JBpress

8年目のシーズンを迎える栗山英樹監督(写真・高須力)。

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 指揮官・栗山英樹は、現役監督最長となる8年目を迎える。7年で2度のパ・リーグ制覇、1度の日本一、5度のクライマックス・シリーズ進出という実績に加え、エンゼルス・大谷翔平清宮幸太郎ら若い選手の育成など前例のない「監督道」を示し続けてきた。

 そんな指揮官がまとめた新刊『稚心を去る 一流とそれ以外の差はどこにあるのか』では「四番・中田翔」について、1章を使って綴っている。清宮幸太郎や吉田輝星といった新しいスターたちが注目されるなかで、指揮官が中田翔へかけた思いとは——。本稿では、『稚心を去る』よりその一部をご紹介する。


エースと四番だけは出会いなんだ

 自分の現役最後の年、新監督としてヤクルトスワローズにやってきたのが野村克也さんだった。それまで9年連続Bクラスだったチームを、野村監督はまもなく生まれ変わらせ、就任3年目の1992年、チームを14年ぶりの優勝に導いた。
 
 その野村監督が、こんなことをおっしゃっていた。

「エースと四番だけは出会いなんだ」

 良いピッチャー、良いバッターは育てることができる。でも、自他ともに認める「投の柱」、「打の柱」として、長くチームを支え得るエースと四番だけは、意図して育てることはできない。それだけ難しいということだ。

「エース」と「四番」の定義は明確ではない。毎年、どのチームにもエースと呼ばれるピッチャーはいるし、打順でいうところの4番目を打つバッターもいる。
 
 だが、ここでいうエースと四番は、それとはややニュアンスが異なる。誰もが「この選手で負けるならしょうがない」と認める先発ピッチャーが真の「エース」であり、「この選手が打てなかったらしょうがない」と託せる中心バッターが真の「四番」、そんなイメージだろうか。


キャンプで中田翔を見て「出会った」と思った

 それは、毎年どのチームにもいるというものではなく、むしろ本当の意味でのエースと四番は、そうそう見当たらない。裏を返せば、強いチームにはエースと四番がいる、ということもできる。

 その野村さんの言葉が、強く印象に残っていたせいかもしれない。1年目のキャンプで中田翔の打撃練習を見たとき、まさしく「出会った」と思った。もちろん一野球ファンとして、一取材者として、彼のことは高校時代から何度も見てきたが、これから一緒に戦う同じチームの選手としてはじめて見たとき、その印象は強烈だった。当時の中田は5年目、23歳になる年だった。
 
 2年目、フレッシュオールスターゲームでMVPを獲得し、イースタン・リーグ二冠王に輝いたが、一軍での活躍が目立ち始めたのは、3年目の夏以降。4年目にようやくレギュラー定着を果たし、リーグ3位のホームラン18本を放つなど、ちょうど大器の片鱗を見せ始めた時期だった。
 
 バッティングケージの中から、軽々と打球をフェンスの向こうに運んでいくさまは圧巻で、この若者はモノが違うと感じずにはいられなかった。あれは、努力すれば誰にでも身に付くという類のものではない。比べるのもおこがましいが、たとえ現役時代の自分が彼の5倍やっても10倍やっても、土台無理な話だ。ボールを遠くに飛ばす能力は、きっと天賦の才なのだ。

「ああ、これがあの野村さんでも作れなかったという、真の四番なんだ」

そのとき、強く思った。

「この才能を預かる以上、中田翔には球界を代表する四番になってもらわなくては困る。そうすることが、自分に課せられた使命なのではないか」と。

強いファイターズを作るためにも、ひいては日本球界の未来のためにも。
(『稚心を去る』栗山英樹・著より再構成)
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筆者:栗山 英樹

JBpress

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