世界遺産・国立西洋美術館の生みの親、ル・コルビュジエ、近代建築の父が目指した「諸芸術の綜合」とは?
2025年1月23日(木)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
ル・コルビュジエの40歳以降、いわゆる円熟期の創作にスポットをあてた展覧会「ル・コルビュジエ—諸芸術の綜合 1930-1965」。ル・コルビュジエ財団の協力のもと、ゲスト・キュレーターにドイツの美術史家ロバート・ヴォイチュツケを迎え、パナソニック汐留美術館にて開幕した。
近代建築の父、ル・コルビュジエ
ドイツのミース・ファン・デル・ローエ、アメリカのフランク・ロイド・ライトとともに近代建築三大巨匠の一人に数えられる建築界の巨人、ル・コルビュジエ。2016年には、ル・コルビュジエが手がけた計7か国に点在する17の建築物が世界文化遺産に登録。そのなかには1959年に完成した日本唯一のコルビュジエ建築、国立西洋美術館も含まれている。
偉大な建築家として世界中に知られるル・コルビュジエだが、同時に絵画や彫刻にも優れた作品を残す芸術家でもあった。まずはその経歴をざっと振り返ってみたい。
本名シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ、後のル・コルビュジエは1887年にスイスで時計職人を営む父とピアノ教師の母の元に生まれた。スイスのラ・ショー=ド=フォンの美術学校に通い、在学中より画家としての才能を発揮するが、美術学校校長のすすめで建築の道へ。
1908年に渡仏し、“コンクリートの父”と呼ばれるフランスの建築家オーギュスト・ペレに師事。その後、ドイツに渡り建築家・デザイナーのペーター・ベーレンスの元で働いた。1914年には鉄筋コンクリートによる建築技法「ドミノシステム」を発表。これは水平の層をつくる床面(スラブ)、柱、階段のみが建築の主要な要素とする考え方で、建物の構造を単純化することにより、建築物はより自由で大きな空間を得られるようになった。
1917年、ル・コルビュジエは彼の従兄弟で建築家でもあるピエール・ジャンヌレとともに建設事務所を設立。1926年には、①ピロティ②屋上庭園③自由な平面④自由な立面⑤連続水平窓の設置を提唱する「近代建築の5原則」を発表し、今までにない革新的な建造物を生み出していく。こうしてル・コルビュジエは近代建築の父と呼ばれる存在になった。
建築家として名を馳せたル・コルビュジエだが、画家としての活動も精力的に継続していた。1913年、パリのサロン・ドートンヌで水彩作品による「石の言葉」展を開催。同年にはデッサン教師の資格を得ている。1918年から10年間は画家アメデ・オザンファンと芸術運動「ピュリスム」を展開し、絵画の制作に励んだ。1930年代以降は、午前中は絵を描くことに時間を費やし、午後から建築の仕事を開始したという。
様々な分野を建築につなぐ
さて、パナソニック汐留美術館で開幕した展覧会「ル・コルビュジエ—諸芸術の綜合 1930-1965」。本展はタイトルにもあるように、建築家としても、画家としても成功を収めていた円熟期「1930〜1965年」の活動を紹介するものだ。
その円熟期の創作活動を読み解くキーワードが、ル・コルビュジエ自身がスローガンとして掲げた「諸芸術の綜合」という言葉。ル・コルビュジエにとって絵画、素描、彫刻、タペストリー、建築、都市計画はすべて「ひとつの同じ事柄をさまざまな形で創造的に表現したもの」であり、人の全感覚を満たす詩的環境を創出するため、互いに関わりながら集結するものだった。
たとえば、円熟期の代表作として知られ、世界中にたくさんのファンをもつ「ロンシャンの礼拝堂」。ル・コルビュジエ建築では珍しく曲面が多用されているが、それはル・コルビュジエ曰く、「音を発し、聞く形態」を建築的に実現したものなのだという。展示された礼拝堂の写真や模型を見ると、屋根は貝殻のようなフォルムをしていて、そこから祈りの音楽が響いてきそう。
そう思っていると、今度はその屋根の形が耳にも見えてきて、建物自体がその音楽を聴いているような印象も受ける。ル・コルビュジエはこの礼拝堂を建築と音響が深く関わり合った「音響的建築」と称している。
成長を続ける美術館を提案
日本唯一のル・コルビュジエ建築、「国立西洋美術館」も円熟期の名作のひとつだ。1955年から59年にかけて、ル・コルビュジエが日本人の3人の弟子、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正とともに建設。建物にはル・コルビュジエが考案した「無限成長美術館」のコンセプトが採用されている。
無限成長美術館とは「展示室を螺旋状の通路でつなぎ、螺旋の渦を外へ外へと大きくすることにより増床が可能になる構造」をもった美術館。つまり展示品が増加し、増築が必要になった場合でも、柔軟に外側へと建物を拡張していけるというわけだ。国立西洋美術館のほかにも、インドのアーメダバード美術館とチャンディガール美術館にも無限成長美術館の構造を見ることができる。
建物を完成形として作り、古くなったら壊して、また一から作り直す。そんなスクラップアンドビルド方式ではなく、1950年代にはすでに建物の永続性や環境への配慮を意識していたル・コルビュジエ。1954年には論考「やがてすべては海へと至る」のなかで、テクノロジーの発達により高度にネットワーク化、グローバル化が進むことを予見。その先見性の高さに驚かされるばかりだ。
1958年、ブリュッセル万博のフィリップス館を手がけたル・コルビュジエは、そこで最新技術を駆使した映像インスタレーション《電子の詩》を公開。本展では当時の作品を調査し再現したものを上映しているが、制作から約70年が経過しているとは信じがたい。音楽、映像、建築など、多彩な要素をミックスさせたマルチメディア芸術の先駆けといえる内容だ。今後さらに年月が流れたとしても、20世紀を代表する革新的建築家は世界を驚かせ続けるのだろう。
*本展は、ル・コルビュジエ財団の協力のもと開催されます
「ル・コルビュジエ—諸芸術の綜合 1930-1965」
会期:開催中〜2025年3月23日(日)
会場:パナソニック汐留美術館
開館時間:10:00〜18:00(2月7日(金)、3月7日(金)、14日(金)、21日(金)、22日(土)は〜20:00) ※入場は閉場の30分前まで
休館日:水曜日(祝日は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
*土曜日・日曜日・祝日は日時指定予約(平日は予約不要)
https://panasonic.co.jp/ew/museum/
筆者:川岸 徹