スーパー〈アキダイ〉社長・秋葉弘道「店内の壁を鏡張りにしたのは、いつも笑顔でいるため。売上に繋がらなくてもテレビでコメントする理由は」
2025年1月31日(金)12時30分 婦人公論.jp
「今でこそ〈名物社長〉と言われ、テレビの情報番組で生鮮食品の市況についてコメントしている僕ですが、子どもの頃は人と話すのが何より苦手でした」(撮影:岸隆子)
多くの情報番組で野菜の価格についてコメントする、スーパー「アキダイ」社長・秋葉弘道さん。23歳で立ち上げた青果店が成長できたのは、お客様や商売仲間との信頼関係を大切にしてきたからだと話します(構成:上田恵子 撮影:岸隆子)
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自分を変えるために八百屋さんでアルバイト
1992年、23歳のときに、「アキダイ」第1号店を東京・練馬区の住宅街にオープンしました。あれから三十余年。今ではスーパーや青果店が9店舗、それ以外にパン工房や居酒屋、カラオケダイニングバーを経営するまでに。たくさんの人に支えていただいたおかげです。
僕は日々、「感謝の気持ちを忘れない」「困っている人がいたら助ける」ということを心がけています。どちらも仕事で痛い目を見たり、助けてもらったりするなかでそう思うようになりました。
今でこそ「名物社長」と言われ、テレビの情報番組で生鮮食品の市況についてコメントしている僕ですが、子どもの頃は人と話すのが何より苦手でした。
授業中に発言しようとすると、「えーっと、うーんと」とつっかえてしまい、思うように言葉が出てこないのです。コミュニケーションがとりにくいため友だちともうまくやれず、揉めるとつい手が出てしまう。周りも困っていたでしょうね。
そんななかで小学2年生のときの女の担任の先生は、「秋葉くんはこう言いたいんだよね?」と僕の気持ちを汲んで、よく助け船を出してくれる人でした。その優しさにどれほど救われたことか。
ところが5年生のときに担任になった男の先生から、「お前は何を言っているか全然わからない。もう発言するな!」と頭ごなしに言われてしまって。それを皆に笑われたこともトラウマになり、ますます話すことが苦手になっていったのです。接し方ひとつで、人の心はいかようにも変化すると、身をもって経験しました。
その後、高校生になった僕が自分を変えようと試みたことは2つ。1つは生徒会に入ること。そうすれば皆の前で話す機会が否応なく増えます。もう1つは、八百屋さんでのアルバイト。お客さんと話したり、「いらっしゃい!」と声を出したりすることがいい訓練になるだろうと思ったのです。
「1年後に店を畳む」と覚悟を決めた
バイトで大きな声を出すことに最初は気おくれしていましたが、徐々に慣れて店頭でもよく声が通るように。お客さんとの会話も楽しかったし、何より社長が教えてくれる「八百屋のイロハ」が面白くて。コミュニケーションが上達していくのと並行して、野菜の並べ方や商品を売るコツなどを貪欲に身につけていきました。
意外にも僕はものを売る才能があったようで、1日で130箱の桃を売り、「天才桃売り少年」なんて呼ばれたことも(笑)。
お客さんが僕のすすめた品物を買って、「すごく美味しかった」と再び笑顔で来店してくれる。そのときの嬉しさと手ごたえが忘れられず、高校卒業後に就職した計測制御機器メーカーを1年ほどで退職。アルバイトをしていた八百屋さんに、今度は正社員として就職することになりました。
毎朝5時半に家を出て、青果市場で商品の仕入れ。先輩たちが買い付けた野菜や果物をトラックに積んだ後は、皆が朝食を食べに行っている間に一人で市場を見て回ります。売り子さんや仲卸業者から、野菜の目利き術を教えてもらうためです。将来自分の店を持つためにムダ遣いはせず、給料はすべて貯金に回していました。
八百屋さんでの修業を経て、21歳で結婚して家庭を持った頃、満を持してアキダイ創業の準備をスタート。資金はコツコツ貯めた500万円で、残りは青果信用組合から借りる算段でした。しかし社会的信用のない若造に融資は下りず……。車のローン400万円は組めても開業資金の200万円は借りられない、現実の厳しさを思い知らされたのです。
父と祖父に頭を下げてお金を借り、店舗の賃貸契約を済ませた1992年3月、ついにアキダイをオープンしました。ところが大変だったのはここから。初日と2日目は特売の折り込みチラシの効果もあって大勢の人が来てくれたものの、3日目になると客足が完全にストップ。待てど暮らせど、店の前を人っ子ひとり通らないのです。
店の前がバス通りだったことも精神的負担になりました。バスに乗っている人が皆、「あそこはすぐに潰れるね」と言っているように思えたのです。修業時代には「10年に1人の八百屋の天才」などとチヤホヤされていた僕ですが、この頃は「なんでお店なんて始めちゃったんだろう」と、後ろ向きなことばかり考えていました。
とはいえ数日で店を畳んでしまっては、父や祖父、そして「頑張れよ!」と送り出してくれた先輩たちに面目が立ちません。
そこで僕は「1年後に店を畳む。その代わり1年間は、これだけ頑張ったけどダメでしたと胸を張って言えるくらい全力で働く」と決め、新たな気持ちで店に立つことにしたのです。お客さんがいなくても元気に声を出し、ときには「大根1本10円」と書いたボードを掲げながら、店の前を通るバスを追いかけました。
最初に反応してくれたのは、バスに乗っているおばあちゃんたち。「乗り放題のシルバーパスを持っているから」と、途中下車して店に来てくれたのです。聞けば、値段の安さが前から気になっていたのだそう。それ以降、「品揃えがいい」「説明が詳しい」と、口コミが口コミを呼ぶ形でお客さんが増えていきました。
女性は特に、地域にさまざまな人間関係を築いています。でも本当にいいものじゃないと、人にすすめてくれません。だからこそ、何ごとも誠意をもって対応することの大切さを学び、僕の接客も変わっていきました。
お客さんが来てくれたら全力で歓迎する。カゴに商品が1つ入るたびに、心の中で「僕を認めてくれてありがとうございます」と感謝する。
そんなことを続けるうちに、1日10万円もいかなかった売り上げが、半年経つ頃には80万円を超えるように。店を畳む計画も、いつしか頭の中から消えていました。
どんなときもお互いさまの精神で
一方で手痛い気づきもありました。以前勤めていた八百屋さんはすごく繁盛している店だったため、僕は市場の売り子さんに対して「X円に負けるなら買うよ」と強気な態度で接していたのです。
ところが、馴染みの売り子さんに当時と同じノリで「X円に負けてよ」と持ちかけたところ、「今のアキちゃんに負ける理由なんて何もないんだよ」と突っぱねられてしまった。
青果の世界には「悩み」と「もがき」という隠語があります。悩みは、同じ品物が大量にあって卸売業者が困っている状態。もがきは、品薄により小売業者が品物を取り合っている状態を言います。
市場でものを言うのは、お金ではなく売り子さんとの関係性。悩みのときに助けてあげれば、相手ももがきのときに助けてくれる。お互いさまの心で、信頼関係を築くことが大事なのです。
だから自分の都合ばかり押し付けていては、売り子さんとの関係を損ねてしまいます。あのとき僕は、店を構えたばかりで何の信頼もない自分がいかにちっぽけな存在か、そして修業時代の自分がどれほど傲慢だったか、深く反省させられました。
そしてもう1つ、仲間である従業員の信頼を失いかねない、大きな失敗をしたこともありました。手狭になった創業時の店舗を、現在本店を構えている場所に移転したときのこと。
借金がかさみ、経営者としてギリギリのところまで追い込まれた僕は、従業員同士が楽しそうに話す姿にさえイライラしてしまっていました。その気持ちが全身からにじみ出ていたのでしょうね。
ある日、創業時から働いてくれている女性に「前はアキダイって楽しそうなお店だな、こんな店で働きたいなってお客さんに思われていただろうけど、今は大変そうだなって思われているんだろうな」と言われたのです。
それを聞いたとき、「お客さんも従業員も笑顔になる店を作ろうと思って始めたのに、どこで間違えたんだ?」と、ハッとして。「暗い顔をするのは一人のときだけ」と心に決めたのです。
とはいえ、人は感情が顔に出てしまいがち。ですからアキダイは今、店内の壁を鏡張りにしています。これは、店舗を広く見せたり、売り場を明るくするためでもあるけれど、自分の表情に気づきやすいから。
不機嫌な顔になっていると思ったら、気持ちを切り替え、口角を上げる。小さいことだけど、大事なことだと思っています。
喜ぶ顔が見られればそれでいい
僕は今、年間で約300本のテレビ番組に出演していますが、テレビに出たからといってお客さんが増える商売でもありません。それでも取材を受けるのは、困っている人を放っておけないから。誰だって街で道を聞かれたら教えてあげるでしょう? それと一緒です。
あと、これまでたくさんの人たちに手を差し伸べてもらったから。自分がしてもらって嬉しかったことは、やっぱり人にもしてあげたいじゃないですか。
よく「私は〜してあげたのに」と見返りがないことを怒る人がいますが、それはちょっと違うんじゃないかなと思うんです。
たとえば僕が美味しいお菓子を見つけて、これを皆にも食べさせたいと買ってきたとします。「ありがとう。美味しいね!」と食べる人の笑顔を見たらそれで満足。自分が食べてほしくて買ってきたのだから、相手の喜ぶ顔が見られたらそれでいいと思うからです。
なかには「このお菓子よりXのほうが美味しいよ」とわざわざ残念なことを言ってくる人もいますが、どう感じるかはその人の自由なのでそれもよし。こちらは、「ああ、この人に買ってくるのはもうやめよう」と思うだけです。(笑)
僕は、「人は一人では幸せになれない」と思っています。それは、隣に不機嫌な人や態度が悪い人がいたら、自分が幸せな気分でいても台無しになってしまうから。
いくら評判のレストランに行っても、一緒にいる相手がまずそうに食べていたら全然楽しくありませんよね。どうせなら一緒になって盛り上がれる人、相手を幸せな気持ちにできる人といたいですし、自分自身がそういう人間でありたい。そんなことを思いながら、今日も店に立っています。
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