死後40年を経ても崇拝される伝説の聖人「ピオ神父」、仰天エピソード集!

2月5日(金)11時0分 tocana

画像は、「Wikipedia」より引用

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 ローマカトリック教会では昨年より、「いつくしみの特別聖年」と称してさまざまな催しを行っている。その一環として、今週、聖人であるピオ神父の遺骸をサン・ジョヴァンニ・ロトンドの聖堂から、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂に向かって運び出した。

 ピオ神父は、その身に「聖痕」をもつことで有名な聖人であり、カトリックでは聖人の遺骸を聖遺物として崇敬するため、注目を集めている。2008年にピオ神父の遺骸が死後初めて公開された際には、国内外の信者70万人以上が訪問の予約をしたといわれている。死後40年がたった現代でもイタリア国内で絶大な人気を誇る彼、一体どのような人物だったのだろうか。

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■農村の暮らしから修道士へ

 後のピオ神父であるフランチェスコ・フォルジョーネは、1887年、南イタリアの小さな農村ピエトレルチーナで産声をあげた。農業を営む両親のもと、兄妹3人とともに貧しい生活を送っていたが、村が非常に敬虔な土地柄であったこともあり、幼い頃からその身を信仰に捧げることを決めていたという。

 フランチェスコが修道士を志すと、父は米国に出稼ぎに出て教育に必要な費用を工面するなどの協力もあり、1903年、カプチン修道士会に入会し、故郷の町の守護聖人にちなんでピオ修道士と呼ばれるようになった。

 その後、哲学や神学を学び、1910年には司祭となったピオ神父だが、その年の9月7日、彼の運命を大きく変える出来事が起きる。ピオ神父がいつものように祈りを捧げていると、目の前にキリストと聖母マリアが現れ、ピオ神父に聖痕をつけたのである。

 聖痕とは、キリストが十字架に架かった際についた傷と似たような傷が、信仰者に現れるという現象である。実は、ピオ神父は以前から幻覚を見ていたらしいのだが、ついにそれが身体的症状として現れたのだ。このときついたコインほどの聖痕には激しい痛みがあったのだが、祈りを捧げることで治癒したという。ただ、彼の苦しみはその後も続くこととなる。


■霊的穿刺、教皇予言、奇跡の治療、悪魔との戦闘

 第一次世界大戦が始まると、ピオ神父も徴兵されるが、体が弱かった彼は入隊と除隊を繰り返し、肺結核の診断が下った後には完全に退役することとなった。そして、人々の懺悔を聞いていた1918年8月、彼は自分の脇腹をキリストが突き抜けていく幻覚を見る。この「霊的穿刺」呼ばれる現象により、彼は実際に出血を伴う傷を負ったという。

 そしてその痛みが癒えてきた1カ月後、彼の前に再びキリストが現れる。今度は傷を負った様子のキリストにより、彼と同じ5箇所に聖痕を受けた。この聖痕はピオ神父が亡くなるまで治癒せず、50年間体から消えることがなかったという。

 聖痕を受けるという神秘体験をピオ神父だが、彼にまつわる不思議な話はこれだけでは終わらない。1947年、後にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世となるカロル・ユゼフ・ヴォイティワ神父が彼のもとを訪れたとき、「カトリックで最も高い地位につくでしょう」という声をかけている。それはヴォイティワ神父が聖職者の道に入ってまだ4年目のことだった。

 また、ヴォイティワ神父の友人ががんを患っていたため、友人のために祈りを捧げて欲しいと手紙でピオ神父に依頼すると、祈りの結果そのがんが治癒してしまったという話もある。さらには、シチリアに住む盲目少女がピオ神父を訪ねる道中、ものが見え始めるという現象まで起きているのだ。

 そしてピオ神父その人に関する奇妙な話も多い。彼の聖痕から流れ出す血は、香水のような、花の香りがするといわれていたり、離れた場所で神父が同時に目撃される「バイロケーション」が起きていたりする。

 ほかにも、ピオ神父はサタンとその一派と戦闘を繰り広げていたとされ、その戦いのため、いつも満身創痍であったといわれているのだ。


■奇跡の聖職者か、稀代のペテン師か

 2002年に聖人として列聖されたピオ神父であるが、その奇跡に対して懐疑的な見方が存在するのも事実である。彼は幼い頃から病弱で、伝えられるところでは、胃潰瘍、腸チフス、腎臓結石、気管支喘息、肺結核、鼻炎に耳炎、ヘルニア、胸膜炎、関節炎などを患っており、体中に疾患を抱えていたことがわかる。彼を苦しめていた痛みというのは、単に病気の症状であった可能性もある。

 また、聖痕から50年間血を流し続けたというのは医学的に考えられないことであり。傷が治らないように自分でフェノールなどの薬品を使っていたのではないかとの疑いも生じている。

 今となっては本当のところはわからない。しかし、ピオ神父が生前多くの人々に救いの言葉をかけ続けていた事実は変わらない。死してなお、彼のもとを訪れる人が絶えないことは、彼の遺したものがいかに大きかったのかを物語っているのだ。


※画像は、「Wikipedia」より引用

tocana

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