なぜ「マイナンバー制度」はいまだに国民に理解されないのか 石井夏生利教授に聞く

2月6日(土)9時58分 弁護士ドットコム

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制度開始から約5年がたつのに、いまだに理解されないマイナンバー制度。健康保険証替わりや運転免許証との一体化、5000円分のポイント還元など盛りだくさんの施策を打ってもマイナンバーカードの普及率は約2割にとどまり、情報漏洩を懸念する声も根強くのこっています。なぜこうなってしまったのでしょうか。


プライバシーと個人情報保護法が専門で、マイナンバーの制度設計の検討会のメンバーも務めた石井夏生利・中央大学国際情報学部教授に、情報漏洩のリスクやカードの制度設計について聞きました。(ライター・国分瑠衣子)


●住基ネット訴訟の「反省」から、ガチガチの制度設計に

——マイナンバー制度を語る時に「情報が漏洩する」「プライバシーが侵害される」という声があがります。情報漏洩するリスクは本当に高いのでしょうか。


「私は、制度設計時に内閣官房に設置された個人情報保護ワーキンググループのメンバーでしたが、国は住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)導入時に多数の訴訟を提起された経験などを踏まえて、マイナンバーでは個人情報保護を徹底するために複雑な制度設計を行いました。


市区町村は個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して住民基本台帳を作成しますが、住基ネットは、その住民基本台帳をネットワーク化し、全国共通の本人確認を行うための仕組みです。


住民票に記載された者には無作為に抽出された11桁の住民票コードが付番され、それが検索キーとして用いられます。しかし、個人情報の漏洩などへの懸念から、福島県矢祭町、東京都国分寺市、杉並区、中野区など、住基ネットから離脱する自治体が相次ぎました。


さらに住基ネットはプライバシー権を侵害し違憲だとして、2000年代に全国各地の市民団体や自治体が住民票コードの削除などを求める住基ネット訴訟を相次いで提起しました。2008年3月の最高裁判決は、憲法13条により保障された自由を侵害するものではないとし住基ネットは『合憲』との判断を示しました。


住基ネット訴訟で苦労した国は、マイナンバー制度設計の議論の中で、『国家管理が強まらないか、個人情報が追跡・突合され、漏洩しないか、マイナンバーの不正利用で財産への被害がないか』といった国民の懸念を払拭するための対応策を徹底しました。


具体的には、個人に関する情報は各機関で分散管理し、法律でマイナンバーを利用できる事務を限定し、マイナンバーカードを落として誰かがシステムをハッキングしたりしてもカードに記載されている以外の情報は洩れないといった設計です。


マイナンバーは、シニア層の一部にとっては、住基ネットや、納税番号を振り脱税を防ぐ『グリーンカード』構想などが『国民総背番号制度』だと批判されたのと同様のイメージが強く、抵抗感があるのかもしれませんが、マイナンバーだから情報漏洩のリスクがあるわけではありません。むしろ情報が漏洩しないように厳しくつくりすぎた結果、今では、国民にも運用する自治体にとっても使いにくいものになってしまっているということが問題ではないかと思います」


●複雑すぎるマイナンバーカードの本人確認

——国民、自治体の側から見てどのような点が使いにくいのでしょうか。


「国民側の視点で言えば、マイナンバーカードのUI(ユーザーインターフェース)、UX(ユーザー体験)に問題があります。マイナンバーカードは身分証明書として使えますが、裏面のマイナンバーを取得できる場合はマイナンバー法で厳格に規定されています。


よく言われる例として、レンタルショップなどでカードを身分証明書として使えますが、レンタルショップ側がカードの裏面のコピーを取ったり、書き写したりするといったことは禁じられています。


カードの本人確認の方法も複雑です。前述のように、マイナンバーカードは、券面に記載された氏名や住所、生年月日などで本人確認する機能のほかにも、ICチップに搭載されている『電子証明書』で本人確認する機能も持っています。


電子証明書には、署名用電子証明書と、利用者証明用電子証明書があります。e-Taxなどの電子申請や特別定額給付金の申請には署名用電子証明書が使われます。利用者証明用電子証明書は、政府のサイト『マイナポータル』を利用する時や、コンビニで住民票の交付を受ける時などに本人であることを証明する手段として使います。


署名用電子証明書には6〜16桁の英数字のパスワード、利用者証明用電子証明書には4桁の数字のパスワードが使われ、とても複雑です。使っている人自身がカードの券面情報で本人確認しているのか、電子証明書を使って本人確認するのか、きちんと理解していないのではないかという問題があります。


カードを読み取る時にもパソコンの場合はカードリーダーが必要といったちょっとした不便さがあります。


なお、マイナンバーカードのパスワードは、署名用、利用者証明用に加えて券面事項入力補助用、個人番号カード用の合計4種類もあります。


自治体側の問題で見ると、マイナンバーを利用できる事務はマイナンバー法の別表で定められていますが、すごく細かいのでどの事務に使えるのかわかりにくいと思います。なお、自治体は条例で定める事務(独自利用事務)についてもマイナンバーを使うことは可能です。


自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進のためにはマイナンバーを欠かすことはできませんが、柔軟に利活用を認める法改正をしないと宝の持ち腐れになってしまうと懸念しています。


今はマイナンバーと紐づけることのできる事務が『税・社会保障・災害対策』に限定されていますが、この3分野で十分にマイナンバーが使われているのかを精査すべきだと思います。また、制度趣旨として謳われている行政手続の効率化や国民の利便性を高めるためには、この3分野に資する範囲で事務の範囲を広げてもいいと思っています」


——10万円の給付のトラブルなどをきっかけに、金融機関の口座とマイナンバーを紐づける議論が起こりました。


「給付を受け取るためだけの口座と紐づけるならいいと思います。ただ、徴税用に使われると抵抗感は急激に増すのではないでしょうか。口座との紐づけで国民がセンシティブになってしまうのは仕方がないことだと思います」


●マイナンバーとカードの違い、分かる必要は本当にあるのか

——マイナンバーとマイナンバーカードの違いも分かりにくいです。


「確かに、最近でも文部科学省が小中学生の学習履歴などをマイナンバーを用いてオンラインで管理する方針を固めたと報じられましたが、実際は、教育に関する情報の引継ぎなどにマイナンバーカードを活用する案であったということで、誤解が生じました。


そもそもマイナンバーとマイナンバーカードの違いを国民が分からなければいけないのだろうかという疑問があります。正しい理解も必要ですが、違いを知らないことは問題の本質ではないように思います。


カードで言えば、保険証や運転免許証替わりに使えることはメリットがあります。特に保険証替わりに使えるようになるとマイナンバーカードの取得者は一定数増えるでしょう。ただ、保険証替わりの用途については、マイナンバー自体を使うのではなく、利用者証明用電子証明書を使う仕組みです。そのことを正しく理解してマイナンバーカードを新たに申請する人はどの程度いるのだろうかと思います。


また、昨年は、5000円分のポイントが還元される『マイナポイント』を私も実際に使ってみましたが、ごく短期間の喜びでした。


マイナンバーカードは国と国民との接点でもあるので、国は普及を進めています。ただ、昨年の10万円の現金給付でカードの普及率は伸びたものの、全体でいうと約2割で低調です。今後、カードが普及すればマイナポータルへのアクセスも増えるのかもしれません。


政府は、スマートフォンに電子証明書の機能を持たせ、カードがなくてもスマホで本人確認できるようにする方針です。ただ、少し揺らぎがある気もしています。


なぜかというと、国はマイナンバーカードを保険証替わりに使えるようにするために電子証明書を使って本人確認するという方向性を打ち出しながら、一方でスマホにも本人確認できる電子証明書を搭載する方針です。カードに盛りだくさんの機能を持たせたいのか、カードがなくても行政手続きをできるようにしたいのか、どうしたいのかよく分かりません。


何のためにマイナンバーカードを用意して、どんな用途に使ってもらいたいのかがいまだはっきりしていないということです」


●住基ネットに比べると抵抗感は弱くなっている

——結局、今のままであれば、マイナンバー制度を本当に国民に理解してもらう必要はあるのかという問題に突き当たってしまいます。


「マイナンバーへの不信感や不安を抱く人は一定数いますが、個人情報保護法制が2003年に実現して20年近く経過したこともあり、昔に比べれば抵抗感が弱まっているように感じています。


マイナンバーに関する違憲訴訟は起こってはいますが、公表資料を見る限りでは係属裁判所は10程度のようで、約60件もあった住基ネット訴訟に比べて少ないです。住基ネットは自治体レベルでの反発もありましたがそれもありません。


また、調査を行ったわけではありませんが、昔に比べてマイナンバーカードを持つ学生も増えてきているように思います。今は運転免許を取らない学生も多いので、私の教えている学生はマイナンバーカードを身分証明書替わりとして使っています。


マイナンバーの利便性の向上を国が真剣に考えるのであれば、地道な普及活動と、今の複雑な制度設計を調整する努力を繰り返すことが求められると思います」

弁護士ドットコム

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