「1つずつ進んでいってこそ先がある」樋口美穂子、クラブ立ち上げからの歩み

2024年2月9日(金)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


今は13人

 昨年12月下旬に行われたフィギュアスケートの全日本選手権で、中学1年生のスケーターが脚光を浴びた。この大会では最年少出場ながら4位、大健闘を見せた上薗恋奈だ。中学1年生以下で表彰台に上がったのは1980年の伊藤みどりの後いなかったことを考えても、特筆に値する。

 得点を待つ上薗のかたわらに、穏やかな笑顔を見せるコーチがいた。樋口美穂子である。

 名門である「グランプリ東海クラブ」で多くのトップスケーターを含む選手たちを長年にわたり指導してきた樋口は、2022年3月15日、独立を発表。新たに「LYSフィギュアスケートクラブ」を名古屋市内に創設し指導にあたっている。その中から、早くも大会で活躍する選手を輩出したことになる。

 クラブを立ち上げてまもなく2年。今日までどのように歩んできたのか。

 スタート時点で生徒は「4、5人くらい」。ささやかな発進だった。

「今は13人ですね。いちばん下は小学3年生、いちばん上は(中京)大学1年生の河辺愛菜さんです」

 河辺は2022年北京五輪に出場。LYS創設とともに前の所属先から移ってきた選手だ。

 生徒の加入の仕方はそれぞれだったと言う。

「ホームページを見て連絡をくれたり、つてをたどってきたり。おそらくは私が教えている選手を見たりしてやってみたいと思う子がいれば、『先生の振り付けでやってみたい』という動機もありました」

 創設してからの日々を振り返りつつ、こう語る。

「今はいい感じでやれているなと思っています」

「今は」と言う。いちから立ち上げてのことだったから簡単な道のりではなかった。

「そのときそのときにぶつかったことに対して対応してきた感じでしたね。まずは練習環境かな。河辺さんは中京のリンクがあったので心配はなかったんですけれど、他の子たちの練習する場所を確保するのがまず大変だったかな」

 グランプリ東海では拠点とするリンクがあったが、LYSは練習する環境そのものから整える必要があり、近隣のスケート場を借りながら行ってきた。現在は邦和スポーツランド、モリコロパークを利用している。両リンクに使用許可を申請しつつ、スケジュールを組んでいく必要がある。

「人数が少ないので動きやすいというのもありましたし、いろいろな先生方も助けてくださったりしました。モリコロはけっこう練習できているので助かりました。自分たちだけの貸し切りも入れていただいたりしています」


環境は大事だけど、環境だけじゃない

 クラブの方向性を浸透させるのにも心を砕いた。

「お母さんたちにとってはスケートを習わせるのは初めてのことじゃないですか。やっぱり結果を早く求めたくもなりますし、一生懸命、こうすればいいんじゃないかと考えていろいろしようとするのも当然です。もちろん結果は大事です。でもそんなに簡単にいくものでもないし、年齢も考慮しつつ、もっと先を考えていくことが大切だと思います。1つずつ進んでいってこそ先がある、遠回りのように思えても近道になる。そう考えています」

 自分の考え方を、生徒の保護者に伝え続けた。

「例えば中学生なら、『先はまだまだ長いからそんなに子どもを追い込んじゃだめ』、という話や、『お母さんの声のかけ方などでも子どもというのはずいぶんと変わるので』という話はよくしますね。私にいろいろなことを注意されて、お母さんにも言われると、いっぱいいっぱいになってしまいます。『自分が13歳のときどうだったか、10歳のときどうだったかを考えれば、よくやってる方じゃないの』という話をすることもあります」

 樋口は一昨年、クラブを立ち上げる動機を話す中でこう語っていた。

「トップの選手をみるようになってきていて、そのために小さい子たちのほんとうに大事な時期をみることができなくなっていました」

「選手が小さいときからきちんとみていきたいというのが大きな理由でした」

 選手それぞれの年代を考えつつ段階を踏む姿勢はその言葉を思い起こさせた。

「今は理解してもらえて、信頼してもらえているというのもあるのかなと思うんですけど、いい感じで練習できています」

 それはクラブを運営してくる中で育ててきた文化が根付きつつある表しでもある。

「ここまでやってきて気づいたこともあります。環境はすごく大事なんですけど、環境だけじゃないということです。練習時間は、東海のときからすればやっぱり短くなります。貸し切りもそうです。でも、練習の質というか練習の内容次第で短くても変わらない。例えば1時間、2時間しかないとなったら、その中で目一杯、120%の力を出して練習する。3時間、4時間を50%の力でやるより絶対にいい練習ができる。他の人たちよりも練習時間や貸し切りが少ないという不安はあったと思うんですけど、今はないんじゃないかな」

 練習時間が短い分、練習の質と、練習へ向けての取り組みを重視し、生徒は実践しようとしている。その例として上薗をあげる。(続く)

樋口美穂子(ひぐちみほこ) 山田満知子コーチのもとでフィギュアスケーターとして活躍し1981年の全日本ジュニア選手権2位、全日本選手権出場などの成績を残す。二十歳で引退し、山田のもとでコーチとなる。2022年世界選手権で優勝しオリンピックでも2大会連続メダルを獲得した宇野昌磨をはじめ数々の選手を育てた。2022年3月、「LYSフィギュアスケートクラブ」を創設、指導にあたっている。振り付けも数多く手がけている。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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