元コーチ樋口美穂子が語る宇野昌磨と日本フィギュア「トップの存在は大きい」

2024年2月11日(日)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 撮影=積紫乃


「僕を見本にしないでください」

 樋口美穂子が教えた選手として、広く知られている選手と言えば、やはり宇野昌磨になるだろう。昨シーズン、出場するすべての大会で優勝、世界選手権連覇を果たした。はたからは充実一途とも思えた中、樋口は違った。

「たしかに世間的には優勝を続けていて、チャンピオンで、というイメージだったかもしれません。でも演技を見て気になっていたので、(2022年の)全日本選手権後、中京のリンクで会ったときに『今、楽しい?』と言葉をかけました」

 そこからひとしきり会話する中でアドバイスもおくったという。

 迎えた今シーズン。

「目標として『自己満足』って言ったじゃないですか。いいなと思ったんですけど、やっぱりアスリートなので負けたくもない。葛藤もあるでしょうね。トップになって、期待も寄せられますし、それが運命なのか何なのか分からないけれど」

 トップであり続ける立ち位置の難しさに触れつつも、宇野がトップにいることについて、樋口は話を続けた。

 今シーズンの全日本選手権では、男子フリーの終盤、好演技が相次いだことが話題となった。特に最終グループの6人のハイレベルな演技は「全員を世界選手権代表にしたい」というほどだった。好演技が続いたのもさることながら、互いを称える姿や言葉が伝わり、彼らが醸し出す雰囲気も余韻を残した。

 樋口は言う。

「トップの存在が大きいですね。トップの人によっては、下はぴりぴりするじゃないですか。今は昌磨と坂本(花織)さんなので、みんないいんじゃないですか。坂本さんも後輩思いでフレンドリーだし、(上薗)恋奈ちゃんにも声をかけてくれたりしますから。昌磨も先輩面しない。『僕を見本にしないでください』って言うくらい(笑)」

 フリーでは、最終滑走の宇野が直前の 山本草太の演技を真剣にみつめ、滑り終えると手をたたいて称える姿があった。

「昔からそうです」

 と言うと、2018年の平昌オリンピックの思い出を話した。

「ショートプログラムは4位にボーヤン(・ジン)がいて3位に昌磨、2位にハビエル(・フェルナンデス)、トップがゆづ(羽生結弦)。フリーは昌磨が最終滑走でした。多くの選手は自分の演技が終わるまでほかの選手の演技を見ないと思うんですけど、あの子はみんなの応援をしていて、昌磨の直前に滑っているハビエルのときもハビエルが好きだったので一生懸命、応援していました。

 1個、ジャンプがパンクしたんですね。そうしたらもう、『はー』と悔しがっていて。昌磨は次に滑るのにと、さすがに私も心配になってきて『昌磨、大丈夫? 次だよ』と声をかけたんです。『大丈夫です。僕は僕のことをやりますから』と言っていましたね」

 宇野は見事銀メダルを獲得して、大会を終えている。


「育てたい、成長させたい」

 スケートクラブを立ち上げたとき、「できるかできないかよりも、やるかやらないかだと思っています」と言った。あれからまもなく2年。

「後悔は全くないですね。やってよかったなと思っています」

 根底には、フィギュアスケートへの変わることのない愛着がある。

「フィギュアスケートは面白いです。自分を表現できるじゃないですか。自分をこういう風に出したい、見てもらいたいと自分を出せる。人の真似をしないで自分を出せる。スポーツでもあるからアスリートとしての強さみたいなものも鍛えるし、プラスして自分を出せるってフィギュアスケートのいいところですよね」

 指導にあたって大切にしているのは「洞察力」だと言う。

「今何か悩んでいるのかな、お母さんの体調が悪いんかな、だからこうなんだねとか、しっかりその子を見ること。子どもって絶対に合図を出しているんですね。何かおかしいと思って、後から聞くと学校の先生に怒られていたんだと知ったりすることがあります。なんか、最近よくお腹に手をやるよねとか、最近よく頭かくよねとか、毎日見ていると分かるんですよね。やる気がないんでしょ、とか決めつけるのはよくないですね。もちろん、ただ単にたるんでいるときもあるんですけど(笑)。

 しっかり見て合図に気づくことが大事なのは、怪我を防止する意味もあります。本人も痛みをあまり感じていなかったりすると、ちょっとぐらいのことなら我慢したりするじゃないですか。それが積もり積もって怪我につながったりしますから、何かおかしいんじゃないかというのに気づけるかどうか大切ですね。息子(樋口将太)がトレーナーなんですけれど、体のこととかはよくみてくれるので、そこは助かっていますし、1人で全部をみることはできないので、親御さんにも助けてもらいつつ、というところです」

 最後に樋口は言った。

「やるだけやってみます」

 フィギュアスケートへの愛着に加え、もう1つ変わることのないのは「育てたい、成長させたい」という思いだ。教える子たちを花開かせるために、変わることなく進んでいく。

樋口美穂子(ひぐちみほこ) 山田満知子コーチのもとでフィギュアスケーターとして活躍し1981年の全日本ジュニア選手権2位、全日本選手権出場などの成績を残す。二十歳で引退し、山田のもとでコーチとなる。2022年世界選手権で優勝しオリンピックでも2大会連続メダルを獲得した宇野昌磨をはじめ数々の選手を育てた。2022年3月、「LYSフィギュアスケートクラブ」を創設、指導にあたっている。振り付けも数多く手がけている。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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