「腰痛」に苦しむ看護師たち。3、4時間立ちっぱなしは当たり前、20代半ばで坐骨神経痛に…。オペ室勤務のナースが語るリアル

2025年2月14日(金)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

厚生労働省が公表する「令和4年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」によると、全国で就業する准看護師・看護師・助産師の数は、令和4年末時点で約160万人だったそう。「病院勤務ってどんな仕事?」「どうやって技術を磨いていくの?」など、看護師の仕事についてあまりよく知らない…という方もいるのではないでしょうか。医師で作家の松永正訓先生が看護師・千里さん(仮名)の実話を元に、仕事内容や舞台裏をまとめた書籍『看護師の正体-医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』から、看護師のリアルな舞台裏を一部お届けします。

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今日もナースは腰が痛い


ナースの職業病といえば腰痛である。これに苦しめられない看護師はほとんどいない。

千里が3南病棟で働いていたとき、ときどきリーダーを務めたが、普段は現場で先輩の手足となって動いていた。リーダー看護師に割り当てられると、病棟の巡回のほかに看護記録をまとめるという仕事がある。このときだけ、椅子に座ることができる。逆にいえば、このときを除いて看護師は常に立って仕事をしている。

ナースコールが鳴ったときや、先輩に指示されて動くときは、悠長に歩くということはまずない。いつも早足で病棟内を動き回っていた。

病棟勤務のベッド移動で腰を悪くする看護師もいた。また患者の体位交換や、ベッドから車椅子への移乗は、非常に腰に負担がかかる。大きな声では言えないが、体重の重い患者はちょっと勘弁してほしいと千里はいつも思っていた。だから看護師にモテる患者になるには体重を減らすことが大事である。

また、病棟では、尿量を把握するために患者の蓄尿を常にやっていた。患者の尿は蓄尿甕(がめ)に溜められる。甕の容量は2リットル。糖尿病の患者は尿量が多いので、一日に甕を三つ使うこともあった。

この蓄尿甕がトイレにいつも20個は並んでいた。24時になると、一日の尿量を計算して、汚物流しに捨てる。これはかなりの重労働である。さらに流したあとは、甕を洗う作業もある。甕はガラス製なので、空でも十分に重い。これをきれいに洗うのは相当骨が折れた。千里は20歳にして腰痛だった。

外科医は腰痛に悩まない?


オペ室に行ってからも、千里は腰痛に苦しめられた。基本的に器械出しは立ち仕事である。脳外科と形成外科は座って手術をするが、それ以外の科では立ちっぱなしである。3時間、4時間は当たり前である。

千里は、外科医もそれは同じことだとずっと思っていた。だがあるとき、外科医と話していたら、自分たちは平気だと言う。

「だって、オレたち、腹で手術台に寄りかかっているもん」

がーん。そうなのか。器械出しには寄りかかるものがない。それどころか、不自然な姿勢でちょっと身を捻る必要がある。器械出しは通常、患者の右側に立つ。術者は左右に立っている(腹で寄りかかっている)。だから、器械を出そうとすると、右の方向へ上半身を乗り出さなければならない。この姿勢もつらかった。

オペ室の入り口で、患者をストレッチャーに移乗するときも力が必要である。ただし、このときは、麻酔科医と2名の看護師で同時にやるからまだマシだ。実は患者を重く感じるのは、麻酔がかかったときである。

整形外科の人工骨頭置換術の際、患者を横にして脚を持ち上げてみると、これが異様に重い。人間の脚ってこんなに重いのと、初めてのときに千里は驚いた。産科の手術でも同じである。砕石位(さいせきい)といって、患者の両方の脚を分娩のときのように持ち上げる。2本だから重さ倍増である。

手術台のセットアップも力が必要だし、顕微鏡、C−アーム、CUSA(キューサー)、すべて重い。その中でも最も重労働だったのは、泌尿器科が使う膀胱鏡手術の吸引瓶である。

先生は、膀胱鏡を使って前立腺をバリバリバリと削っていく。同時に生理食塩水を流して術野を洗い、これを吸引していく。水を流さないと何も見えなくなるから、水の灌流(かんりゅう)はとても重要になる。

手術室には10リットルの吸引瓶が2個置かれている。たちまち満タンになるので、ナースは吸引瓶を運んで汚物室へ持って行く。瓶にはタイヤが付いているとは言え、1回の手術で10往復するのはかなりきつい。千里も何度、吸引瓶をガラガラと運んだことか。中腰の姿勢で瓶を引っ張っていくのだから、腰への負担は大きい。

超・重労働の器械洗浄


手術が終わって器械を洗う。これは超・重労働である。洗い場の高さは、人によってちょうどいい高さが異なる。当たり前のことだが、みんなが使うのでしかたない。大は小を兼ねる、ではないが、低いは高いを兼ねる。洗い場が高いと背の低いナースは洗い物ができない。そのため、新病院のオペ室の洗い場は少し低めに作られていた。

その結果、ほとんどの看護師が中腰で器械を洗うことになった。開腹一式のすべての器械を洗うには30分以上かかる。これを中腰でやるのはしんどい。そこである看護師が、脚を大股に開いて体の高さを低くしてみた。するとこれがうまくいくことが分かった。それ以来、オペ室ナースは全員、脚を大股に開いて洗浄をするようになった。


(写真提供:Photo AC)

なるべく洗いを楽にしたいので、千里は術中にハサミなどを生理食塩水に浸したガーゼできれいにしていた。もちろん、血が付いていると切れが悪くなるから、先生のためでもあるが、もしそのまま手術が終了すれば、このあとの洗浄が楽になる。ビーカーに生理食塩水を入れて、もう使いそうにない器械をそこに浸けておくのも千里の裏技である。

千里にとってオペ室の仕事で最も腰に負担がかかったのは、あえて挙げるとすると、長時間立ち続けることと、器械の洗いだった。

20代半ばで坐骨神経痛に


20代半ばになると、千里は慢性的に右側の臀部が痛くなった。坐骨(ざこつ)神経痛である。

「もう、ダメ〜」

手術が終わってナースステーションにへたり込むと、事情をよく知っている師長が声をかけてくる。

「横になりな」

「へ? ここで、ですか?」

「右が痛いんでしょ? 右を上にして横向きになりな」

「は、はい」

師長はナースシューズを脱ぐと、坐骨神経の位置を狙って親指でグリグリと押してきた。

「く〜、効く〜」

千里は身を捩(よじ)って悶絶した。

「私、キューピーコーワゴールド、毎日、飲んでるよ。あれは効くね〜」

「そうなんですか?」

「一度飲むとやめられないね。千里さんも飲んだら?」

(こわっ!)

やめられないという言葉を聞いて、千里は飲むまいと思った。このとき以来、千里は坐骨神経が痛むと、そのたび師長にグリグリをやってもらうようになった。

(こんな姿、先生たちに見せられないな)

華やかに見えるオペ室ナースも、実はみんな腰痛に苦しんでいるのが実態である。

※本稿は、『看護師の正体-医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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