バス海峡トライアングルで起きた世にも奇妙な10の事例(オーストラリア)

2月14日(水)20時30分 カラパイア

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 オーストラリア、ビクトリア州の南海岸から始まり、タスマニア島にまで続くバス海峡。1798年、イギリスの航海者マシュー・フリンダースにより発見され、彼の船の船医ジョージ・バスにちなんで名付けられた。

 水深50mほどの浅い海域なのだが、その周辺は船や飛行機がが謎の消滅をとげる魔のトライアングル地域として知られている。UFOを目撃、遭遇したという証言も後を絶たない。

 不可解な事件が続くバス海峡は、バミューダ・トライアングル海域にならって「バス海峡トライアングル」と名付けられた。

 ここでは、バス海峡トライアングルで起きた奇妙な事例を見ていくことにしよう。

【もっとも有名なフレッド・ウァレンティック失踪事件】

 バス海峡トライアングルで最も有名な事件は、1978年10月に起きたフレッド・ウァレンティック失踪事件だ。この日セスナ機で初の夜間訓練飛行を行っていたフレデリックは上方に謎の大型航空機を確認。管制塔に問い合わせたところ、周辺を飛行している機はないという。

 その後、ウァレンティックのセスナ機は不気味な金属音を発しながら通信が途絶えた。軍が出動し、空と海から大がかりな捜索がおこなわれたが、セスナ機の残骸も、パイロットの遺体も発見することができないまま、4日間に渡る捜索が打ち切られた。

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 これについては色々なところで取り上げられているのでここでは説明しない。しかし以下で紹介する10の事例の中にも、ウァレンティック事件との関連が疑われるものがいくつかある。


【10. 透明な飛行機との遭遇】

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References:unsolved / image credit:unsolvedmysteries

 1978年10月21日、ロイ・マニフォールドはバス海峡の上空を飛行する奇妙な物体の写真(上記写真)を撮影した。

 ロイは撮影して納屋に入ったが、その晩一緒にいた息子のジェイソンはそのまま屋外に残り空を見つめていた。何も見えないが、頭上からは飛行機のエンジン音が聞こえていた。が、それは「ラジオを切った」かのように当然止んだ。そして静寂が訪れた。
 
 マニフォールドはこの事件とウァレンティック失踪事件とには関連があると睨んでいる。不思議なことに、偶然かはたまた必然か、44年前の同日にもまた別の奇妙な遭遇事件が発生している。


【9. 旅客機ミス・ホバート消失事件】

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References:trove / image credit:wikimedia

 1934年10月、晴天のバス海峡を飛行していた旅客機ミス・ホバートが乗員11名とともに忽然と姿を消した。軍は航空機と船舶を動員して大規模な捜索を実施したが、破片の1つも発見されなかった。

 当時はおろか、現在の専門家にとっても本事件は不可解だ。とりわけデ・ハビランドDH86(上記写真)が当時の最先端機だったことを考えるとまさにミステリーである。本機は独立したエンジンを4基備えているため、それらが同時に停止することはまずない。仮に万に一つに起きたのだとしても、機体は緊急着陸が可能な設計だ。

 ミス・ホバートからの最後の通信には、マニフォールド事件との共通点が窺える。乗員は飛行機の音が向かってくると主張しているのだ。さらにブンブンとした音が突然止まったとも報告している。この通信の後、ミス・ホバートの音信も途絶えた。


【8. ロイナ機失踪事件】

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References:trove

 ミス・ホバート消失の翌年、今度はロイナがメルボルンからタスマニアへの飛行中に失踪した。機体からタスマニアの管制塔に着陸の開始が通信された直後の、まったく突然のことだった。

 乗員5名は発見されなかったが、海上からはわずかな残骸が回収された。飛行機のシート3席と燃料タンクの破片だ。

 だが、最も不思議なのは床の小片だろう。そこにはほんの数センチだけ焼けた部分があり、後の分析によれば、そこに炎があり、何者かが”激しく”足で踏み消そうとしていたらしかった。これが飛行機の消失と関係があるのかどうかは不明だ。


【7. SSアメリア・J号消失事件】

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References:trove

 1920年、バス海峡を航海中だったSSアメリア・J号は悪名高き海域に進入して間もなく跡形もなく消えてしまった。

 豪軍は一帯の捜索を開始するが、その任務にあたっていた航空機2機までもが消失してしまった。この事件では上空で奇妙な光が目撃されている。

 バス海峡で発生した事件で、UFOらしき存在が関与したのこれが最初ではあるが、1900年代にも似たようなことはあった。

 1901年、SSフェデラル号が船員22名とともに忽然と姿を消し、その5年後の1906年にもドイツ国籍の貨物船フェルディナンド・フィッシャー号がタスマニア沖で同じ運命を辿っている。


【6. ウェストールのUFO】

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References:heraldsun

 この事件は直ちにバス海峡と関連づけられるものではない。しかしバス海峡海岸北部で生じたことや、これまで目撃されたUFOと似たような飛行物体が関与していることから、無関係とも考えにくい。

 1966年4月6日、クリケット場にいたメルボルンの学生と教員は大きな円盤状の物体が頭上を通過し、隣にあった林に向かうのを目撃した。学生は飛行物体を数分間追跡したが、それは林上空で消失した。

 もっと面白い話もある。クリケット場を通過した飛行物体はほかにも5機を従えていたという証言があるのだ。

 その5機が前方の機体を追跡していたのか、それとも先導されていたのかどうかは、証言にばらつきがあり不明だ。この事件はオーストラリアで最も有名なUFO目撃事例の1つである。


【5. ブルニー島での若い女性失踪事件】

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References:foxtel

 バス海峡には50余もの島が点在しているが、ここでも謎の光が目撃されたり、行方不明者が出たりしている。

 最も有名な事件は、ブルニー島である若い女性が突然行方不明になってしまった事件だろう。必死の捜索にもかかわらず、彼女も彼女の所持品も一切発見されなかった。

 不思議なことに、彼女の部屋は夕方になればひょっこり帰ってきそうな、まったく普通の状態だった。しっかり現金が入った財布が残されており、彼女が長期的な外出や家出を予定していた様子はない。

 聞き込み調査からは、問題の区域で夕刻に奇妙な光が出現したという証言が得られている。女性の失踪との関連については今も議論が続いている。


【4.タスマニア州とビクトリア州で目撃された一連のUFO(1978年)】

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References:kwistufa

 フレッド・ヴァレンティックの失踪前後、タスマニア州とビクトリア州の沿岸部では一連の奇妙な光が目撃されている。

 例えば、10月9日、ある夫妻は、運転中、上空に明るい光が見えたかと思うと、車と同じ高さにまで下降してきて、追走されたと証言している。

 またミス・ホバート事件からちょうど一ヶ月後に、タクシー運転手が道路のど真ん中に緑の光を発見したと報告。大慌てで急ブレーキを踏み、再度光を確認しようとすると、すでに見えなくなっていたという。

 11月25日には、ある女性から自宅の前に突然、出入り口のような光が出現したという報告があった。


【3. チャールストン号の失踪事件】

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References:abc

 1979年12月、バス海峡を航海中だったチャールストン号は5人の船員とともに跡形もなく消え去った。

 予定では大晦日にシドニーに到着するはずだったが、それから数日しても音信が途絶えたままだった。飛行機による捜索が開始されたが、船体や船員はおろか、手がかりも一切見つかっていない。

 この事件の原因については、いくつかの説がある。例えば、事件当時、強風が吹いていた。このためにマストに損傷を負ったか、その海域を通過中だったほかの船舶の積荷が崩れ、それがかじを破壊したという意見がある。

 仮にそうであるとすれば、チャールストン号はニュージーランド南沖の島々まで流された可能性がある。

 船員の家族らはどうにか彼らを発見しようと、千里眼で有名な人物に協力を仰いだ。面白いことに、その人物が見たビジョンは、船が最後に航行したことが判明している場所から南にある島に船員が上陸した場面だったそうだ。


【2. 第二次世界大戦中の軍用機消失とUFO目撃事例】

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References:bass strait 1942 UFO

 バス海峡では第二次世界大戦中にも謎めいた事件が報告されている。公式には敵の戦闘機がバス海峡に侵入したという記録はないとされているが、そこでは軍用機が17機も消失している。

 またUFOの目撃事例もある。1944年、黒い影がどこからともなく現れ、バス海峡上空を飛行していたブリストル・ボーフォート爆撃機の脇を20分に渡り飛行。それから前触れもなく、凄まじい速度で上空へ飛び去り、そのまま消えた。

 その2年前の1942年、バス海峡にいた漁師から奇妙な光を見たと連絡を受け、豪軍の戦闘機が調査に向かった。調査中、雲の間から巨大な青銅の円盤が現れ、しばし飛行機と併走し、出現した時と同じようにさっと姿を消した。


【1. 20世紀以前の船舶失踪事例】

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References:vhd.heritage

 バス海峡では20世紀以前から数多くの船舶消失事件が記録されている。記録上最も古い失踪事件は1797年に起きたエリザ号の失踪だ。

 エリザ号はシドニー・コーブのサルベージを行なっていたが、その最中に岩だらけの海岸に衝突して座礁したのだと考えられている。

 1858年、英国のHMSサッフォー号もまた海峡の危険な領域に進入し、同じ運命をたどった。さらに12年後にもハーレック・キャッスル号が船員23名を乗せて消えるという似たような事件が発生している。

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 おそらく記録に残っていない無数の事件がほかにもあることだろう。もしこの海域に”何か”(おそらくはまだ解明されていない自然現象だろう)があるのなら、最近になって突然生じたのではなく、昔から同じようなことがあったと考えるほうが自然だ。

 バス海峡には何があるのか?その原因が解明されない限り、同様の事件がまた発生する可能性は高いのかもしれない。

written by hiroching / edited by parumo

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