誰もが主役のよう…高橋大輔プロデュース「滑走屋」が示した、アイスショーの新たな可能性

2024年2月16日(金)8時0分 JBpress

文=松原孝臣 

ダンサーのようなスケーターたち

 氷上に刻まれた無数のエッジの数が浮かび上がる。轍のようなそれは、始まりから終わりまでを疾走してみせたスケーターたちが残した勲章だった。

 2月12日、アイスショー「滑走屋」が幕を閉じた。2月10日から12日までの3日間、1回あたりの公演時間を約75分におさえ1日に3回公演を開催。

「アイスショーの、新たな幕開けになればよいなと思っています」

 自身も出演しながらプロデュースを手がけた高橋大輔は、企画がスタートするとき、こう語った。その言葉を形にしてみせた。

 冒頭、ダークブルーの照明のもと、曲とともに衣装の色を黒で統一したスケーターたちが1人、また1人とリンクに進み出る。

 滑走するスケーターたちは、やがて中央に2つの円となり、それぞれ反対向きに周回する。鐘の音が印象的な曲もあいまって、瞬く間に異界に、非日常に誘われる。「滑走屋」の世界に没入する。

 オープニングは14分間にわたる。開幕を5日後に控えての公開練習後、高橋は言った。

「すごく面白い構図を振り付けの方が考えてくれてるので、あまり見たことないような面白い図になってると思います」

 その言葉もまた、形にしてみせた。

 振り付けは鈴木ゆま。劇団四季などを経て、東京パノラマシアター主宰のダンサー/振付家として活動している。

「鈴木さんが今年演出した舞台を見に行かせてもらったときに、構図の使い方とかすごいかっこよくて、世界観が好きで、いつかやってもらいたいなと思っていました。フィギュアスケートの中だけの常識というか枠で収まってしまうよりも、外の人だったら全然違う提案があったり、面白さも出てくると思うんです」(高橋)

 高速の円の動き、至近距離でのクロス……アイスショーという枠組みになかった、斬新でスタイリッシュな構図が氷上に描かれる。

 集団としての構図の妙味だけではない。スケーターたちはまるでダンサーであるかのようだった。鈴木がフロアで振り付けて、それを高橋と出演者の一人でもある村元哉中が氷上の動きに落とし込んでいったという。フロアでの動きと氷上とでは異なる。簡単ではなかったはずだ。それでも「(高橋を)すごいなと思ったのは、やっぱり突き詰める力。例えば、ダンスを氷上に落とすのってすごく大変で、ほんとうにイコールではいかないんですよね。でも、ダンスのよさをそのままに氷上に落とす作業を突き詰めていました」(鈴木)

 描かれた構図、スケーターたちの創造的なダンス、それら鈴木の手腕とともに、最後まで突き詰めることで、氷上に今までにない表現を築いたのだ。

「細部へのこだわりが本質を決める」という。そう、スケーターたちが描いた今までにない構図が全体の魅力なら、突き詰めた末のスケーター1人ひとりの動作もまた魅力であった。出演者は数々の実績を持つメインスケーター、学生を主体とするアンサンブルスケーターとしての区分けがなされていた。でも1人ひとり、徹底したこだわりのもとで輝く姿は、その区分を思わせず、誰もが主役であるようだった。

 オープニングに始まり、最後の最後まで全体と細部が融合した空間と時間は、エンターテインメントとしての新たな可能性を示していた。

 成立させたのは、75分を貫く根幹があってこそ。それは「スケートならではの魅力を。人数で圧倒するパフォーマンスを見せたい。疾走感やスピードが生み出す迫力を出したいと思っています」という高橋のコンセプトだ。


「滑ること」、それ自体が圧巻

 通常のアイスショーにあるスケーター紹介などのアナウンスなく、途切れる場面を作らずスケーターたちの滑走は続いた。例えば櫛田一樹のスピードスケートとみまがうような高速の周回のように、疾走感が失せることはなかった。オープニングで皆が着用したロングコートがはためくのも、スピード感を目に見える形で伝えるのに効果的だった。「滑ること」、それ自体が圧巻であった。また東西南北、どこで見ていても観客を置き去りにしない、そんな構成と演出も特筆される。高橋の演出力を、あるいは鈴木の振り付けの力を思わせた一要素でもある。

「滑走屋」は全体練習に7日間をあてた。それ以前から、例えば振り付けを動画でおくって練習してもらったり、準備は進められてきた。通常のアイスショーはおおよそ2、3日程度の準備であるのと比べれば、時間をかけて公演に臨んだ。

 とはいえ、体現された動きや踊りの複雑さを考えれば十分な時間があったわけではない。また、アンサンブルスケーターのほとんどはアイスショーが初めてでもある。

 難易度の高い挑戦に加え、開幕を前に、あるいは開幕後、体調不良で出演をキャンセルするスケーターも複数名出た。そのたびに緊張や不安に揺さぶられもしただろう。でも、彼らはやりきった。ショーを成り立たせた。そこには間違いなく成長があったはずだ。手ごたえと自信ともなっただろう。「滑走屋」は若きスケーターたちのこれからを育む場であったことも思わせる。

 スケーターたちが、スタッフたちが同じゴールを目指す中心に、高橋がいた。参加したスケーターたちは、高橋が憧れの存在であったことを明かしている。一緒に練習する中でなにがしかを学び、そして学ぼうとも努めていた。

 大島光翔は公開練習で語った。

「画面越しとは違った高橋大輔さんを知れて、誰よりもストイックですし、誰よりもスケートに関しては妥協がないというか、その気持ちに負けないように自分もついていかなきゃなと臨んでいます」

 三宅咲綺は言った。

「私は初めてスケートをしたのが高橋大輔さん出身のヘルスピア倉敷のリンクなんですけど、そこで初めてアイスショーを見て、大輔さんの演技に『スケートはこういうものなんだ』というすごく魅せる演技で、自分がこのアイスショーを終わった後にそういう風になりたいなっていう思いでいます」

 松岡隼矢は開幕前日にこう話した。

「(高橋のイメージを)もう少し怖そう、と思っていましたが、違ったところを丁寧に、自分の体を動かして教えてくれて分かりやすいですし……でも踊りがうますぎて真似できないです」

 高橋はソロとして新プログラム『Flame to the Moth』をはじめ、ショーの随所随所で輝きを放った。立ち姿1つとっても、それは高橋ならではであった。

 プロデューサーとして、出演者として立ち上げから最後まで駆け抜けた。高橋はとびっきりのエンターテインメント作品を創り上げ、フィギュアスケートの新たな方向性を示してみせた。切り拓いてみせた。それが「滑走屋」だった。

 どこまでも晴れやかな笑顔が、物語っていた。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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