友人は増えるたびに人生もしんどくなる、「孤」を受け入れよ

2月17日(月)7時0分 NEWSポストセブン

下重さんが説く「極上の孤独」とは

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 定年後に友人や家族などとの関係をどうするか、悩む人も多い。『家族という病』や『極上の孤独』などの著書がある作家で評論家の下重暁子氏が、「わずらわしいけど切れない絆」から円満に“卒業”する方法を提言する。


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 家族、友人、会社の同僚………そうしたつながりを「なくなったら寂しい」「大切にすべきもの」と思い込んでいる人が多いですが、はたしてそうでしょうか。


 特に組織優先の行動や考え方をしがちな男たちは、定年を意識する時期になったら、早いうちに発想の転換をする必要があります。


 カギを握るのが「孤独」というキーワードです。孤独とは、自分自身と向き合って対話をすることです。孤独の中で人は自分が何者であるかを考え抜き、自分がやるべきことを見出します。


 孤独と「寂しさ」は違います。寂しさは一時の感情であり、美味しいものを食べたり、運動すれば忘れてしまいます。しかし孤独は寂しさよりも厳しく、自分ひとりで生きていくという覚悟を要するものであり、その半面、誰かに煩わされることなく読書や妄想にふけり、自分と向き合う極上の時間を与えてくれます。


 特に60歳を過ぎてから、そんな孤独の時間を愉しめるようになれば、周囲との関係も変わっていきます。


◆友が増えればトラブルも増える


 まず考え直したいのは、友人との関係です。私は大学を卒業してからずっと仕事を続けていますが、友達は10人前後しかいません。大切なのは友人の数ではなく、いかに深く長い付き合いができるかです。


「友人をたくさん持つのがいいこと」ではありません。友人が一人増えるごとに人生はしんどくなり、トラブルの種が増えます。


 私たちの最大のストレスの元は人間関係だからです。老後を煩わされたくなければ、できるだけ人間関係を切っていくべきです。


 家族との関係も見直すべきです。とくに介護は誰にとっても深刻な問題ですが、親も子も「子供は親の面倒をみるのは当たり前」という考えは捨ててほしい。


 動物は一度巣立ったら、それぞれが自分の力だけで生きていきます。いつまでも親子が密着するのは人間だけです。「家族だから助け合うべき」「家族だから同じ考えであるべき」と考えることこそ、「家族という病」の元凶です。


◆男はやせ我慢


 人間の原点は「孤」でしかありません。「孤」を受け入れられないと、一生誰かを頼って暮らすことになります。


 親子といえども別の人間だからこそ、同居するのはできるだけ短期間にして、ある程度身の回りのことができるようになったら、子供とは別居すべきです。ひとりになることで親も子供も自分と向き合い、成長することができます。


「死ぬまで一人」という覚悟を持つことです。それを持たず、「誰かが何とかしてくれるだろう」と気を抜いていると衰えが早くなってしまいます。


 最近、ハッとさせられたのは大相撲の元大関・豪栄道の言葉です。今年1月、初場所後の引退会見で豪栄道は、15年の土俵人生で貫いた信念として「やせ我慢」を挙げて、「つらい時とか苦しい時に、人にそういう所を見せないように努めていました」と振り返りました。


 私は大相撲ファンですが、思わず「よく言った。お見事!」と膝を打ちました。


 人間、生まれてきたのが一人ならば、死ぬのも一人。自分の面倒は、死ぬまで自分で見なければなりません。


 そしてやせ我慢をしながら自分を見つめる時間を持つことができれば、「極上の孤独」を愉しめるはずです。


●しもじゅう・あきこ/作家、評論家。1936年生まれ。早稲田大学卒業後、アナウンサーとしてNHKに入局。在籍9年で退局し、フリーに。民放キャスターを経て文筆活動に入る。『家族という病』『極上の孤独』(いずれも幻冬舎)は50万部を超えるベストセラーに。


※週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号

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