「金正男暗殺に使用された毒」はどれか科学ライター・クラレが徹底検証! リシン、VX、ボツリヌストキシン…!?

2月20日(月)14時45分 tocana

※『父・金正日と私 金正男独占告白』(文藝春秋)

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——公演やテレビ出演なども多数。「アリエナイ理科ノ教科書」の著者ヘルドクター・クラレが、現代の毒殺及び金正男暗殺問題を徹底解説!


 毒と言えば、毒殺。毒殺と言えば暗殺。  暗殺の歴史を紐解けば、ローマ帝国時代、最初で最強の薬学者とも毒学者ともいわれるガウル人のロカスタ(Locusta)と呼ばれる人物が、貴族の間で相当数の毒殺を手引きしていたとも記されています。それ以降、長い歴史の中で多くの人々が暗殺され、現在も国家の裏活動間で毒殺が行われています。ニュースとして記憶に新しいのは、2006年に起きた「ポロニウム」による元KGBのアレクサンドル・リトビネンコ氏の暗殺ではないでしょうか。また、オウム真理教も90年代に「VX」を使った暗殺事件を起こしています。


■暗殺の歴史/現代の毒殺とは?

 本連載では、これまで暗殺に利用されてきた「ヒ素」や「タリウム」、そして「リシン」といった毒物を解説してきましたが、司法制度や警察といったものがまだそれほどの抑止力を持たなかった時代は、毒殺といっても、飲食物に毒を盛るだけのものが多く、無味無臭な「ヒ素」や「タリウム」が好んで使われました。また、毒矢や毒ナイフによる暗殺では「トリカブト」や「マチン」といった植物毒から、「エイの毒」まで様々な毒が用いられてきました。

 そして時代は現代。簡単に食事に毒を盛るのは難しくなり、毒矢を使うくらいなら銃……と、時代を経て毒の出番は無くなってきたように思えます。

 しかし! 銃というのは構造的に弾とバレルが必要であり、ある程度の殺傷力を維持するには小型化にも限界がある。しかも金属探知機にもめっぽう弱く、また麻薬犬のように、火薬の臭いをかぎ当てる犬がいればいとも簡単に見つかってしまいます。そうなってくると、「超小型の発射装置に超猛毒を仕込んだ暗殺道具」の方が特定の状況下では珍重されるようになり、リトビネンコ氏のケースでも使われたわけです。この時は、リトビネンコ氏本人ではなく、通りすがりに食べ物に毒を微量塗布することができる極めて巧妙な道具が用いられたといわれています。

【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2017/02/post_12390.html】

■「金正男暗殺に使用された毒」6つの可能性を検証!

 さて、先日の金正男の暗殺事件でも話題になった「毒針」という凶器(タオル・スプレー説は後述)。実際に使われたかどうかはさておき、毒針での暗殺自体はこれまでも起きており、ギミックもだいたい割れています。概ね高圧空気や、微量の火薬によって小さい毒の入った弾丸を命中させるというもので、飛距離はあっても、命中精度的に2、3m以内、ないしは密着させて使う場合が多いと考えられます。

 また、弾丸の中には5〜10mg程度の容積しかないとされており、この容量で人を殺すことができる毒物を特定するということになります。では、まだ情報が錯綜している状態ではありますが、まずは報道されている毒を検証し、それ以外も含めた「6つの可能性」を検証していきましょう。


●1「ネオスチグミン」説→微量では暗殺できない

 一部の報道では、「ネオスチグミン」が使われたという話がありますが、ネオスチグミンは広く目薬などにも使われるアセチルコリンエステラーゼの阻害剤で、かなり強力な薬ではありますが、中枢神経へのダメージが低く、致死量も0.3〜0.6mg/kgというもので、10mg程度で死に至るかどうかはかなり怪しいものがあります。ネオスチグミンの誘導体や類似体でもこの分量制限をクリアするものは見当たりませんでした。


●2「VXガス」説→暗殺者が死ぬ確率が高い

 10mg以下でも致命的な毒物となると「サリンなどをはじめとする有機リン系の神経ガス」の類いが疑われます。特に「>VXガス」は数ミリグラムでの致死例もあり、暗殺には向いているように思えます。が、問題は保管です。有機リン系神経ガスは実際の兵器としては大半がバイナリー弾といって、着弾地点で最終段階の反応が起こり、そこで毒ガスが発生して付近を汚染するというギミックが採用されています。これは有機リン系の毒ガスの類いが多少なりとも揮発性が高く、ものによっては長期保存に向いていないうえ、金属との相性が悪いものもあるという特徴からきています。

 また、暗殺者自らの自滅の危険性が高いことも無視できないでしょう。特に、暗殺目的であれば、機会をうかがうことが多く、温度変化や湿度変化など過酷な状況をくぐる可能性があります。VXガスは比較的蒸気圧が低い液体ですが、それでもごく少量が気化しただけで致命的となるため、「体内で都合良く割れて毒殺できて、携帯時は安全」というのはかなり難しい問題となります。さらにそれが不安定な小型の装置に入っているとなれば、なかなか構造的に無理がありそうです。  


●3「リシン」説→そこそこ安定しているが失敗例もある

 そうなってくると、やはり人間の合成した毒ではなく、圧倒的微量で毒性を発揮する「リシン」などの天然毒素が候補に挙がってきます。しかし、「リシン」をはじめ、「コブラ毒素」「サソリ毒素」「パリトキシン」などの海洋毒素など、数ミリ以下で十分致死に達する天然猛毒も問題がないわけではありません。リシンを使った弾丸も過去に使われていますが、一部は失敗しているように、超猛毒といっても、体内に速やかに拡散しなければ、その毒性が出ない場合もあります。

 さらに、問題は製造法と安定方法です。実際にリシンは常温でもそこそこ安定だからこそ、かつて兵器利用が考えられたわけですが、コブラ毒やサソリの毒などは、抽出しても要冷蔵、要冷凍な超生もの。ある程度組織的に運用するのであれば、量も必要になりますので、合成にも難が生じます。コブラ毒は大腸菌などに生産DNAを組み込んで大量生産することもできますが、そこからの抽出、兵器化のテスト、毒性確認など膨大な試験が必要になってくるため、現実的では無い気がします。


●4「テトロドトキシン」説→結晶化が可能で安定しているが、入手・製造が困難

 安定して強い毒素をもち、簡単には蒸発せず(蒸気圧が低く)、ごく微量で致命的で、装置の不都合で内部で破損しても使用者が被毒しにくいような、結晶ないし固体の状態がとれる「猛毒」となってくると、本当に数が限られてきますが、自然由来で超猛毒なものであっても、合成法が確立しているものはいくつもあります。「アコニチン」や「テトロドトキシン」といった猛毒は、動植物から抽出せずとも合成することも可能で、結晶化の方法もかなり研究されており、現実的な分量をミクロな弾丸に詰めるとなると、現実的です。ただし、こうした自然由来の超猛毒も、それなりの分量をまとまって手に入れるには難があります。天然物から抽出するには、相当な分量の自然素材が必要になり、またよろしくないことに濃度はマチマチです。確実性を期すには合成したほうがよいのですが、それはそれで優秀な有機化学者が必要になり、ラボもそれなりに設備投資が必要で、新たな研究も必要な部分も多いでしょう。


●5「ボツリヌストキシン」→安定していて低コスト

 そうしたコストのかからない猛毒があります。「ボツリヌストキシン」はタンパク質毒素で有りながら、美容用途で大量生産が行われ、乾燥状態の安定した粉末化にも成功しており、ノウハウがすでに蓄積されています。こうした研究下地があれば、兵器転用はかなり低コストで可能です。ミクロな毒針という用途であれば、ボツリヌストキシンはおそらく最も候補にあがる毒物ではないかと思われます。  


●6「複数の毒を1つにした合剤」→可能性は高い

 さて、実際に暗殺で使用するとなれば、こうしたいくつかの作用機序の近い毒素の合剤という可能性も高いでしょう。毒素は合わせることで相乗効果(効果低下の拮抗も当然ある)を起こすこともあるうえ、検出も困難になりがちです。


●番外編「スプレー説」→カモフラージュの可能性

 また、金正男氏の暗殺事件では、スプレーを顔にかけたという説もありますが、スプレーに猛毒が仕込んである場合、他人を数多く巻き込んでしまう可能性が高く、その場合は謀殺ではなくテロとなり、それこそ問題がややこしくなりがちです。ゆえに、そうした派手な部分は真相を隠すためのカモフラージュ用の演出である可能性があります。つまり、手品と同じで目を引く部分が本体ではなく、その裏に隠された「何か」が本体である可能性です。

 そうした部分は報道されることも少ないので、深層は闇の中……ということになるのでしょうね。
(文=クラレ)

※『父・金正日と私 金正男独占告白』(文藝春秋)

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