便秘の2歳児に下剤を勧めたら、「もういいです」と来なくなった母親…小児科の開業医が感じる〈医療への不信感〉
2024年2月21日(水)12時30分 婦人公論.jp
一般の人の中には、医療に対して疑心暗鬼になっている人も多いとのことで——。 (写真提供:Photo AC)
厚生労働省が発表した令和3年度の医療施設調査によると、全国の医療施設は 180,396 施設で、前年に比べ 1,672 施設増加しているとのこと。20床以上の病床を有する「病院」は33 施設減少している一方で、19床以下の病床を有する「一般診療所」は 1,680 施設の増加となりました。「一般診療所」が増える中、小児科医として開業した松永正訓先生が、開業医の実態を赤裸々に明かします。今回は、患者がもつ医療に対する不信感ついて。一般の人の中には、医療に対して疑心暗鬼になっている人も多いとのことで——。
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「薬に頼るんですか!?」
最近では便秘に関して親から文句を言われた。便秘の子どもは実に多い。3歳未満の子が慢性便秘の状態になると、排便の自立が遅れるので非常に厄介である。大人は便秘を自覚すると自分でドラッグストアへ行って薬を購入し何とか解決するが、子どもの便秘はどこまでも悪くなる。
便が溜まりすぎて大腸が伸び切り、その結果腸の動きを完全に失って回復不可能になることすらある。千葉県こども病院の小児外科では、こうした子どもの大腸を切除する手術を行ったこともある。便秘を甘く見てはいけない。
2歳の男の子を連れて母親が受診した。「どうしましたか?」と尋ねると「うちの子、便秘なんです」と言う。
こういうときぼくは、その便秘がいつから始まっているか、つまり慢性的に経過しているかを確認する。そしてその便秘によってお腹が痛いとか排便時に肛門痛があるとか、日常生活に悪影響がでているかを尋ねる。母親の答えはいずれも「はい、そうです」だった。
診察台に横になってもらい、お腹を触診した後で、ぼくは母親になぜ便秘を治療しないといけないかを説明し始めた。ポイントは2点である。
・直腸に便がたまる→水分が吸収されて便が硬くなる→排便時に肛門が痛くなる→便をがまんするようになる→さらに直腸に便がたまる
・直腸に便がたまる→直腸が伸びる→腸の感覚が鈍る→便意を感じなくなる→さらに直腸に便がたまる
つまり悪循環の二重苦である。この悪循環を断ち切るには、いかなる手段を使ってもいいから便を出すことだ。常に直腸を空にしておけば、便が出やすくなる。
憮然とした表情になった母親
こうした説明をしながら、ぼくは母親に薬を飲むことを提案した。
「便秘というのは病気ではなく体質みたいなものです。人間の体質を変えるって大変なんです。時間もかかります。だけど下剤を毎日飲んで、毎日うんちが出るようになると、うんちが出ることが新しい体質になっていくんです」
そこまで話すと母親は憮然とした表情になった。
(写真提供:Photo AC)
「薬に頼るんですか!?」
「……薬を利用するんです」
「食べ物とか、ほかに方法はないんですか?」
「食事で解決できれば、そういう方法を提案しますよ。だけどそれはうまくいきません。医学的データもあります」
「もう、いいです」
「……では、下剤はやめて、整腸剤を飲んで少し様子をみますか」
結局この家族は、それきりクリニックに来ていない。あの子の便秘はどうなってしまったのだろうか。
医者は医療のプロなのだから、一般の人とは圧倒的に医学知識の差がある。そのギャップを埋めるのが、医師による説明である。ぼくなりに時間をかけて説明しているのだから、少しは信じてみようと思ってもらいたいという気持ちがある。
いろいろな医者がいるのは事実だが、ぼくは金儲けのために医療をやっているのではない。少しでも人の役に立ちたくて開業医を続けているのだ。クレームは本当に傷つくし、根本から人間関係を壊してしまうので、医療が壊れる。
開業以来、ぼくは延べ25万人以上の子どもを診ている。大学病院時代を含めれば、ちょっと数え切れないくらいの患者数だ。その経験に基づいて便秘の治療を提案しているということを分かってもらいたいというのが本音だ。
医療に対する疑心暗鬼
なぜ、ぼくの言葉がすっと患者家族の胸の中に入っていかないのだろう。ぼくは以前に、医師と患者の関係について週刊現代の元編集長と話をしたことがあった。
週刊現代ではよく医療特集を組む。元編集長は、一般の人たちの間には医療に対する疑心暗鬼があるという。
真意を計りかねて「それってどういうことですか?」と尋ねたら、「医者って本当のことを伝えているのか、患者には常に漠然とした疑問があるんです」と返された。
なるほど、そういうことか。ぼくが研修医だった36年前は、がんの患者に告知をすることはなかった。つまり当時医師は患者に対して平然と嘘をついていた。
これは患者家族側のニーズでもあり日本の文化にも関係しているが、医療倫理という観点から考えればやはり日本の医療の暗い歴史と言わざるを得ないだろう。
科学的な医療を行うことに尽きる
また亡くなった近藤誠先生をはじめ、現代医療を厳しく批判する医療者もいる。こういう先生たちが書いた本はたちまちベストセラーになったりする。
週刊誌も医療特集をよく組み、「本当はあぶない※※」とか「実は※※が驚くほど効く」とか、常識をひっくり返すような医療情報を流したりする。
そういうバックグラウンドがあって、患者の心の奥には医療に対する不信感のようなものが横たわっているのかもしれない。
そうだとすると、患者家族のクレームというのはけっこう根深い部分から出てきている可能性がある。医者と患者の関係をよくしていくのは、医師の責任だとぼくは思っている。それには、医師が患者に誠実に接し、科学的な医療を行うことに尽きるだろう。
ボールは医師の側にあるかもしれないが、患者家族も医師の説明に説得力があるかどうかよく吟味してほしい。それが自分たちの利益になるはずだ。
※本稿は、『開業医の正体——患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです