2024年3月に運行終了の「SL人吉」、多くのファンを魅了した国産初の量産旅客用蒸機「ハチロク」の魅力
2024年2月22日(木)8時0分 JBpress
文・写真=山﨑友也 取材協力=春燈社(小西眞由美)
1922年生まれの59654号機
現在、国内では観光用として数多くの蒸気機関車が活躍しているが、そのなかでもっとも古い機関車が、九州の鳥栖と熊本を結び「SL人吉」として走っている58654号機だ。この機関車は8620形という形式で、ファンからはその語呂からハチロクと呼ばれ親しまれている。1922年生まれの59654号機は一昨年に100歳の誕生日を迎えたのだったが、大変残念なことに寄る年波には勝てず、今年の3月を持って運行を終了してしまうのだ。
ここで少しハチロクの歴史をおさらいしておこう。そもそもハチロクが登場したのは1914年。その頃は明治時代から輸入していた蒸気機関車が引退の時期を迎えていた。一方で国産の製造技術が大幅に進歩を遂げていたため、日本の鉄道の仕様にあった蒸機を当時の最新技術を駆使して造られたのがハチロクである。
前年に造られた貨物列車用の9600形蒸機(キューロク)と並んで本格的に量産された国産初の旅客用蒸機として、幹線からローカル線まで幅広く活躍した。
ちなみにこの58654号機はハチロクの435番目に造られた機関車だ。「ん、なんで?」と思われる方がほとんどだろう。それもそのはず、ハチロクの号機の付け方は一般的な機関車とはかなり異なっているのだから。
8620形で1番目に造られた機関車は8620号機である。2番目が8621号機、3番目が8623号機・・・となり、80番目に造られた機関車が8700号機となるはずだった。しかしここで大きな問題が生じてしまう。なぜならすでに8700形という機関車が存在していたため、このままでは機関車の番号がダブってしまうのだ。
そこで秘策を考えた。80番目は千の位の8の前に1をつけ、5桁となる18620号機とすることにしたのである。以降、80の倍数のたびに万の位の数字が1増えるようになっていく。同様にキューロクの場合も、100番目の機関車は19600号機となっている。
さてその58654号機は長崎の浦上機関区に配属され、長崎本線でデビュー。その後は九州各地を転々とし、お召し列車を牽引するなど輝かしい経歴も持つ。1975年に人吉機関区で最後の任務を終えたのち、肥薩線矢岳駅脇にある人吉市SL展示館で保存されていた。
ところがJR化後に転機が訪れる。九州鉄道100周年などの事業としてSLを復活させようとしていたJR九州の目に留まり、58654号機に白羽の矢が立ったのだ。そして1988年、豊肥本線熊本〜宮地間を走る「SLあそBOY」として見事に復活を果たすのである。
奇跡の再復活を果たすもついに引退
雄大な阿蘇山をバックに迫力あるドラフト音を轟かせながら疾走する「SLあそBOY」は鉄道ファンだけではなく、多くの人々を魅了しつづけた。特に立野〜赤水間にはスイッチバックが待ち構えていたため、豪快な煙を吐いて登っていくようすは格好のシャッターチャンスとなっており、ボクも何度も通って撮影した。ところが長年この急勾配を登っていたことが仇となったのか、機関車の台枠に重大な損傷が発生し修理不能と判断され、2005年に引退を余儀なくされてしまう。
しかし九州新幹線全線開業に向けての観光資源の活性化や、地元やSLファンらの熱い声に押され、再復活に向けての検討が始まった。最大の問題は損傷してしまった台枠を造り直せるかどうかということだったが、資料や図面なども古いなかで入念な検討が何度も重ねられ最新の技術を駆使した結果、台枠の新造という史上空前のプロジェクトが見事成功したのである。社員を始めグループ会社や車両メーカーなどが一致結束し、関係者たちの熱い想いがついに実った瞬間だった。
そうして2009年4月25日、58654号機は肥薩線を走る「SL人吉」として奇跡の再復活を果たす。客車も「和」をイメージしたクラシカルなものにリニューアルされ、眺めの良い展望ラウンジやビュッフェなども設けられた。沿線には風光明媚な球磨川が寄り添い、季節ごとに表情を変える光景には乗客のみならずボクら撮り鉄たちも魅了されていた。
この美しくも懐かしいシーンがいつまでも続くものだと皆が思っていたのだが、再び悲劇に見舞われる。2020年7月に発生した熊本豪雨によって肥薩線は2本の鉄橋が流出するなど約450ヶ所が被災し、現在でも復旧の見込は立っていない。そのため「SL人吉」は翌2021年5月より運行区間を鹿児島本線の鳥栖〜熊本に変更し、かろうじて活躍の場が保たれていたのだが、先述したとおり機関車の老朽化ということでついに運行を終了して
最終月となる3月の運行日は1〜4日、7〜11日、14〜17日、20〜23日。23日はラストランイベントがおこなわれ、熊本〜博多間を特別運行するという。ただしSLが牽引するのは熊本発の列車で、熊本行きの列車はディーゼル機関車の牽引となるので、その点を乗る人も撮る人も注意しておこう。加えて乗車することはできないが、24日には熊本から八代まで走行し、運行終了式典も予定されている。
さまざまな困難にも耐えて打ち勝ってきた59654号機だったが、今回で見納めとなる可能性が非常に高い。長きにわたりボクたちに幸せと感動を与えてくれた機関車に心から感謝の意を伝えながら、最後の勇姿を是非この目に焼きつけておこうと思う。
筆者:山﨑 友也