明治の「食」 アカガエルカレー、熱燗ビール、悪徳牛鍋

2月24日(土)7時0分 NEWSポストセブン

牛鍋は大流行した(資料提供/国立国会図書館)

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 今年は明治維新150年。文明開化が訪れた明治の人たちはどんな生活を送っていたのか。西洋を飲み込んだ和洋折衷の「食」について紹介しよう。


●カレーライス

 カレーのレシピが初めて文献に登場したのは、明治5(1872)年出版の『西洋料理指南』。ネギ、ショウガ、鶏、アカガエル、鯛、カキなどを煮てカレー粉と小麦粉を加える調理法だった。


『おもしろ文明開化百一話』(ユニプラン)の著者・鳥越一朗氏は「軍隊や食堂に取り入れられて人気が広がり、明治後期にはカレーうどんも考案されました」と話す。カレー粉は輸入されていたが、明治38(1905)年、大阪の薬種問屋「大和屋」(現・ハチ食品)が日本初のカレー粉の製造販売を開始した。


●牛鍋

 文明開化で劇的に変わった日本人の食文化。明治初期に肉食が一般人の間でも始まり、東京に牛鍋屋が相次いで登場し、大流行した。「牛肉を食べる習慣がなかった日本人の口に、醤油と砂糖で煮る和風の味付けが合ったのでしょう。明治10(1877)年頃には東京府内の牛肉屋は500軒以上もあったようです」(鳥越氏)。牛肉より安価な馬肉を使っているにもかかわらず、「午肉」と看板に書いて客の錯覚を誘う悪徳店も出現した。


●アイスクリーム

 幕末に勝海舟の咸臨丸で渡米した町田房蔵が明治2(1869)年、横浜・馬車道通りに店を開き、「あいすくりん」の名称で製造販売したのが日本初。価格は1杯=金二分(当時の女工の給料半月分に相当)と、高嶺の花だった。『明治もののはじまり事典』(柏書房)の著者・湯本豪一氏によれば、「氷菓子と高利貸しをかけて、高利貸し業者を指す“アイス”という隠語も生まれた」という。


●ビール

 ビールの国内生産が始まったのは明治初期。居留地の外国人向けに明治2(1869)年、米国人による日本初のビール醸造所が横浜に誕生。翌年、ノルウェー出身の米国人が「スプリングバレー・ブルワリー」(後に麒麟麦酒)を開設、産業化に成功した。当初、ビールを飲み慣れない日本人が燗酒のように温めて飲んだというエピソードも残る。明治32(1899)年には日本麦酒(現・サッポロビール)が、日本初のビアホール「恵比壽ビヤホール」を銀座に開店。遠方からも客が来店して人気を呼んだ。


※週刊ポスト2018年3月2日号

NEWSポストセブン

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