体で感じる葛飾北斎『冨嶽三十六景』、日本発の「イマーシブ(没入体験型)展覧会」は世界に通用するか?

2025年2月25日(火)6時0分 JBpress

(ライター、構成作家:川岸 徹)

葛飾北斎の代表作『冨嶽三十六景』を従来とは異なる視点で再構成したイマーシブな映像アート・エキシビジョン。「HOKUSAI:ANOTHER STORY in TOKYO」展が東京・東急プラザ渋谷で開幕した。


デジタル領域の技術力が結集

 アート鑑賞の新しいスタイル、「イマーシブ(没入体験型)展覧会」が人気だ。イマーシブ展覧会とは既存のアート作品をベースにデジタル映像を制作し、音楽や光、香りなどの演出を加えて、来場者に没入感を体験してもらおうとするプログラム。日本にもオーストラリア発「モネ&フレンズ・アライブ」、フランス発「グラン・パレ・イマーシブ 永遠のミュシャ」など海外制作の作品が相次いで上陸し、予想を上回る動員数を記録している。

 今年2月1日、東京・東急プラザ渋谷で開幕した新感覚イマーシブ・エンタテインメント「HOKUSAI:ANOTHER STORY in TOKYO」展。これは純粋な日本生まれのイマーシブ展だ。監修は株式会社アルステクネの久保田巖氏。アルステクネ社は一般的な知名度は低いものの、美術関係者にはよく知られている。パリ・オルセー美術館の所蔵品をはじめ、国内外の文化財のデジタルアーカイブを制作し、絵画の再現力には「世界屈指」と称賛の声があがる。

 久保田巖氏の監修のもと、クリエイティブチームにはデジタル領域や最先端テクノロジーの分野で日本を牽引する錚々たる企業が集結。RED、ギークピクチュアズ、さらにソニーPCL。クリエイティブチームは開催への思いをこのように語る。

「日本には非常に豊かな文化があります。文化の裏側にはそれを生み出した人々の価値観や考えがあるわけですが、日本の文化や価値観がグローバルに理解されているかというと、必ずしもそうとは言えません。日本に関心がないわけではなくむしろ高まっており、『日本の伝統や文化をもっと教えて!』と言われているのが今なのです。

 絵画や彫刻、音楽や文学作品、伝統行事や景観などを『文化資産』と言ったりしますが、資産は眠らせておくと価値が目減りして、次の世代に引き継ぐことができません。今の時代にそれらをどう生かすのか。私たちの強みであるテクノロジーを使って文化資産を引き継いでいきたいし、『ANOTHER STORY』という事業をそのための基盤にしていきたいと考えています」

 過去の名作をあるがままに鑑賞することも、もちろん重要。だがそれだけでは興味をもつ人が限られてしまう。クリエイティブチームは、一枚の絵に潜む物語を従来とは別の角度から読み解いて、イマーシブな映像作品として提示することを目指した。それが「ANOTHER STORY」だ。


北斎『冨嶽三十六景』を選んだ理由

 今回が第1回目となる「ANOTHER STORY」。テーマに選ばれたのは葛飾北斎だ。北斎は日本を代表する絵師であるばかりでなく、西洋のアートシーンにも強い影響を与え続けている。

 特に代表作として知られる全46図の錦絵シリーズ『冨嶽三十六景』への評価は高まるばかり。2023年開催のクリスティーズ・ニューヨークオークションでは『冨嶽三十六景』の1図《神奈川沖浪裏》に276万ドル(約3億6200万円)の値が付けられた。「絵画1点に100億円が超える値が付く時代に、3億円台は珍しくないのでは」と思われるかもしれないが、《神奈川沖浪裏》は江戸時代に約8000点が刷られ、今も約200点が現存。そのうちの1点に3億円以上の値が付くのは前例のないことだ。

 そんな『冨嶽三十六景』を素材に作り上げられた「HOKUSAI:ANOTHER STORY in TOKYO」。従来のイマーシブ展とは何が違うのか?


「映像×サウンド×触覚」

 本展では「圧倒的な映像美」「迫力あるサウンド」という、没入体験に欠かせない「視覚」「聴覚」の要素をしっかりと押さえつつ、そこに3つめの要素として「触覚」を加えた。アートを体と肌で感じてもらうために新しいチャレンジが試みられている。

「大地の部屋」と題された空間では『冨嶽三十六景』の映像を見ながら、ソニーの触覚技術「床型ハプティクス」によって、富士山の麓を実際に歩いているかのような感触が得られる。潮干狩りの風景を描いた《登戸浦》の場面では、砂地を歩く時のような弾力と不安定さ。一面の雪景色をとらえた《礫川雪ノ且》では、ザクザクと雪を踏みしめる感触。

「風の部屋」では、これもソニー独自の技術「風ハプティクス」により、作品の中で吹いているであろう「風」が体感できる。正月の凧揚げの様子が描かれた《江都駿河町三井見世略図》ではやわらかくそよぐ風、《駿州江尻》では荷物や笠が吹き飛ばれそうになるほどの強風。スクリーンの映像では風に耐え切れなかったのか、旅人の持ち物が天高く舞い上がっていく。


北斎の画力の高さを知る

 会場の最後に設置された「北斎の部屋」では《神奈川沖浪裏》や《山下白雨》といった『冨嶽三十六景』の人気作が登場。北斎が目にしたと思われる海景をリアルな高精細映像で再現。そのリアルな映像が《神奈川沖浪裏》へと変化していく。北斎の「一瞬の風景を切り取る画力」を目の当たりにしているようで、興味深く鑑賞できた。

 鑑賞を終えての率直な感想は、「日本の技術力はすごい」。海外制作のイマーシブ展ももちろん見ごたえがあるが、地面の揺れ具合や風が肌をなでる感触の再現には驚かされるばかり。細かなところに対する日本人の「仕事」は世界を制するクオリティだろう。

 日本人に見てほしい。日本を訪れた外国人旅行者にも足を運んでほしい。日本の文化と魅力を存分に伝えられる展覧会だと感じた。

「HOKUSAI:ANOTHERSTORYinTOKYO」
会期:開催中〜2025年6月1日(日)
会場:東急プラザ渋谷
開館時間:11:00〜20:00
休館日:年末年始
お問い合わせ:03-3464-8109

https://hokusai.anotherstory.world/

筆者:川岸 徹

JBpress

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