結成20周年を迎えたシド、普遍的なメロディと演奏スキルで確固たる地位を確立したバンドの優れた音楽性

2024年2月28日(水)6時0分 JBpress

(冬将軍:音楽ライター)

90年代から現在までの、さまざまなヴィジュアル系アーティストにスポットを当て、その魅力やそこに纏わるエピソードを紹介していくコラム。今回は昨年2023年に結成20周年を迎えたシド(SID)。日本に土着した普遍的な歌謡性を表現、高い演奏スキルでメインストリームをいく彼らの音楽性の魅力に迫る。(JBpress)


普遍的な歌謡性を持つ哀愁刹那のヴィジュアル系

 ヴィジュアル系とは音楽ジャンルを指す言葉ではない。ポップスもメタルもパンクも、さまざまな音楽が存在しているし、その幅は現在においても広がり続けながら百花繚乱の様相を呈している。そうした中でも、異彩を放った存在が昨年2023年に結成20周年を迎えたシド(SID)である。

 他人と違うことを、まだ誰もやったことないものを、とマニアライクな音楽探求へと進んでいくバンドが多い中で、シドはメインストリームの方向へと進んだのである。日本に土着した普遍的な歌謡性をしっかり表現することを選び、ポピュラリティを得ながら東京ドーム公演を成功に収めるなど、確固たるポジションを確立した。その奥ゆかしい音楽性は、彼らの名を広く知らしめたMBS・TBS系テレビアニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』のエンディングテーマ曲「嘘」(2009年4月リリース)にて、わかりやすく体現されている。

「セツナ美しい」というコンセプトの本曲。初めて聴くはずなのにどこか懐かしさを覚える哀愁感のある刹那メロディが耳に残る。私小説のようなストーリー性を帯びた詞の世界は、ロックバンドの歌詞にはありそうでなかったもの。そしてその音楽は歌謡曲や80’sニューミュージックの潤いを帯びながらも、疾走感に溢れるビートロック。ギターのアルペジオに絡むようなストリングスが曲を差配しながらも、躍動感のあるドラムとどっしりとした重心を感じられるベースといった、正真正銘ロックバンドとしての誇りを感じることができるものだ。

 ダーティーで豪快なロックナンバー「乱舞のメロディ」(2010年12月リリース)、爽やかなポップロックチューン「夏恋」(2007年7月リリース)、ジャジィでレトロな雰囲気漂わせる「恋におちて」(2013年4月リリース)など、その彩り豊かな音楽性は多岐にわたり、引き出しの多さとその音楽素養を自分たちのものとして昇華するセンスに感服させられる。ストリングスや鍵盤といった、サウンドアレンジがもたらす多様性も大きく、そこには多くのバンドが嫌がるであろう“自分たち以外の音が入ること”も、楽曲の世界観を重視して積極的に入れている。

 そして何より特筆すべきは各メンバー個人のスキルの高さだろう。


マオの明瞭なボーカルと私小説的な作家性

 まずはマオの伸びやかな声。ハスキーボイスや“がなる”、“しゃくる”といったロックボーカルではない透き通った声のボーカルスタイル。ヴィジュアル系ボーカルに多く見られる日本語を英語的にシャウトするスタイルともまったく異なるベクトルだ。

 綺麗な発音と発声に重きを置きながら、少年的な趣をも印象づけており、歌詞がはっきり聴き取れる明瞭な響きはアニソン歌手や声優シンガーに通ずるところもある。そして先述の通り、シドの歌詞、マオの作詞には私小説のストーリー性を帯びた世界観が多く、ヴィジュアル系に多い耽美や退廃といったものがない。言葉自体も柔らかく滑らかな表現が多く、ギクシャクした響きや古典的な文学表現も少ない。

生まれたときは 誰も泣きながらだと 決まってるから
その日を迎えるとき 笑って眠る人でありたい
 ——「光」

ずっと なんて強いこと言えない僕 聞けない君
だから手を繋いで ずっと を探しに行こう
出逢いの奇跡を越えて 生まれた奇跡に誓う
君の歴史の片隅 寄り添いだした 僕は向かう
 ——「2月」

降り積もる 偶然を越えて
見つけた必然 もう譲れないよ
 ——「2℃目の彼女」

 ロマンティズムを感じる言い回しは、前回取り上げたUP-BEATの“美メロの楽曲に残酷な歌詞を乗せる”ことや、それに影響を受けたGLAYのリアルな純文学的な表現とは逆の作家性であるだろう。そうした言葉選びがマオのボーカルスタイルに上手くマッチしている。

 昭和の特撮ソングに多く見られた“ちりめんビブラート”を想起させる語尾の細かいビブラートも特徴的である。90年代にヴィジュアル系ボーカルの吐き捨てるように歌うスタイルとして大きな影響を与えた黒夢清春の影響を受けつつも、「自分の声には合わない」とそのスタイルを真似ることなく、オリジナリティを極めていったところも興味深い。


燻し銀ギタリストと歌心あるドラマー、ロックなベーシスト

 シドの楽曲はどこか哀愁的なメロディとマオの歌声を抜きで考えると、同じバンドの楽曲なのか疑ってしまうほど、多彩なサウンドを持っている。その象徴がShinjiのギターだ。

 テクニックに走ることもなければ、曲に関係のないことは弾かないし、自己主張を前に出すプレイもしない。常に歌を引き立たせるフレーズを弾いているのだ。逆にいえば曲が求めるものならなんでも弾くし、どんなものでも弾ける確かなスキルと多様性のある対応力を持っている。

 BOØWYの8ビート攻勢、布袋寅泰からの影響を大きく受けたファンク風味のカッティングとニューウェイヴでエフェクティヴなアプローチを始めとし、ジャズやブルース、さらにはガットギターを使ったスパニッシュなギターソロまでなんでもこなす。一聴して、ギタリストとしてのテクニックが目立つタイプではないが、何曲かをよく聴けば「なんかすごいことを弾いてる!?」と驚愕することだろう。玄人ウケする燻し銀なギタリストだ。

 シドの音楽性の豊富さは楽器メンバー3人がコンポーザーであるという稀有なバンドであるところにも起因している。先述の代表曲「嘘」の作曲者がドラマーのゆうやであるのも特筆すべきところ。

 作曲の際は、楽曲の構成やメロディを考えながら綿密にドラムパターンを打ち込んでいくという。作曲ができるドラマーだからこそ歌心のあるタイム感と間の取り方が絶妙だ。メトロノームのように正確なリズムを刻む職人気質のドラマーとは異なる、歌のブレス位置やメロディの起伏を理解したドラミングは、シド楽曲の世界をよりドラマチックなものにしている。

 そうした楽曲の世界観重視のプレイに徹している2人とはある意味で相反するところにいるのが、明希かもしれない。ベースを低めに構えたシルエットが物語るように、ロックでパンクなスピリッツを感じるベーシストだ。多彩なシドのサウンドの中においても、ゴリッとした質感を持ったベースが耳に残る曲は多い。

 そして、歌に寄り添い、時として歌を突き放すような大胆な音使いを用いたベースラインを含めて、シドのロックバンドとしての輪郭を強く印象付ける存在だ。シドがポップバンドに偏らず、ロックバンド然としたスタイルを持っているのも、こうした明希の硬派な立ち位置があるからなのだろう。

“御恵明希”名義で作曲しており、「S」などエッジィなロックナンバーが目立つ。さらには相川七瀬といったアーティストへの楽曲提供、そして“Aki”としてのソロ活動など、その才能は至る多方面で発揮されている。


マイナー調からメジャー調の歌謡メロディへ

 シドが結成された2003年は、90年代ヴィジュアル系ブームが終焉を迎え、新時代としての“ネオ・ヴィジュアル系“が台頭した時代である。

 シドがデビュー当時からその鮮やかであでやかな音楽性が確立されていたのかといえばそうではない。同じ時代、MUCC、メリー、蜻蛉といった、“御三家“と呼ばれていたバンドや、“大日本異端芸者 ガゼット”と名乗っていたthe GazettEと同様に、エログロナンセンスや奇譚な世界観、アングラな香りを放ち、昭和歌謡を想起させるメロディを主軸としていたバンドと同列にいた。

 この頃は“ネオ・ナゴム”とも呼ばれた80年代のインディーズレーベル、ナゴムレコードを想起させるアングラなムーブメントのリバイバルであったり、BOØWY以降の「サビは横文字で」というJロック常套句に、食傷気味な時代でもあった。さらにCoccoの死生観や、椎名林檎のサブカル日本文学的な詩世界がヴィジュアル系シーンに与えた影響も大きい。

 そうした背景を表すように、シドの最初のリリースは2003年8月『吉開学17歳(無職)』という強烈なインパクトを放つ楽曲のMDだった。そして、翌年2004年12月にインディーズとは思えぬ完成度を誇る1stアルバム『憐哀』をリリース。4人だけの演奏によるシンプルなアンサンブル、各楽器の間合いを大事にしたアレンジは、当時のトレンドであった音圧と音の隙間を埋める派手なサウンドプロダクトとは相反するものであり、ディストーションギターの壁が覆い尽くすような、いわゆるヴィジュアル系ヘヴィロックとも一線を画すものだった。

 シドの現在に通ずる歌謡センスと演奏クオリティはこのときすでに炸裂している。パンキッシュながらもキレの良い演奏と滑舌の良さは同シーンでは群を抜いていた。ただ楽曲面でのオリジナリティという部分で厳しい言い方をすれば、マイナー調の昭和歌謡メロディはそれこそ御三家も得意としていたところでもあり、他バンドと比べて別段優れている、とは言いがたいところもあった。

 そんなシドの方向性を決定づけたのは、2005年11月リリースの2ndアルバム『星の都』だろう。

 派手なホーンセクションや打ち込みのシーケンスといった大胆なアレンジが多くの楽曲に施され、加えてこれまでのマイナー調メロディではなく、オリジナリティ溢れるメジャー調の歌謡メロディへの開花を見せた。この手の音楽的な変化はメジャーデビュー時に外部プロデューサーの手腕などによってもたらされることが一般的であるが、シドはインディーズ時代にそこへ行き着いたのだから、彼らのセンスがいかに優れていたのかがわかる。

 そして、メインストリームを視野に入れたシドは、2008年10月にシングル「モノクロのキス」でメジャーデビューを果たした。本曲はTBS系アニメ『黒執事』のオープニングテーマに起用された。そこからメジャーでの快進撃が始まったのである。


カバーとライブで知るバンドのスキルと品格

 シドのバンドとしてのスキルの高さがよくわかるのがトリビュートアルバムだ。LUNA SEA「WISH」(LUNA SEA MEMORIAL COVER ALBUM『Re:birth』収録 2007年)、BOØWY「JUSTY」(HOTEI with FELLOWS『ALL TIME SUPER GUEST』収録 2011年)、BUCK-TICK「JUPITER」(『PARADE III 〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜』収録 2020年)といったカバーをしているが、どの曲も再現度の高い完コピである。

 カバーの場合、原曲をリスペクトしつつも自分たちなりの解釈を施すことが多く、逆に完コピに近いものは原曲と比較されがちであり、多くのアーティストはやろうともしない。しかしながら彼らはそれを堂々とやって、トリビュート元のファンも唸らせる完成度を誇っているのである。

 もうひとつ、ライブにおける魅力だ。音源とは一味違うライブアレンジがあることは、あえていうまでもないのだが、ロックバンド特有の勢いで押し切っていく展開がないというのもシドならではであろう。なんというか、常に落ち着いていて品格を保っているのだ。多くのライブ音源が各音楽ストリーミングで配信されており、全体的にバンドが纏う上品な雰囲気は音源からでも感じ取ることができるはずだ。

 現在の最新アルバム『海辺』(2022年3月リリース)では昭和歌謡からアップデートした“令和歌謡”を掲げ、その独自のポップセンスは新たなフェーズに到達。2022年1月には、ボーカリストとしての充電期間として、マオの活動休止もあったが、2023年は20周年アニバーサリーイヤーを完走。この先もシドの快進撃は続いていく。

筆者:冬将軍

JBpress

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