昨今注目の「応仁の乱」 平凡な登場人物とグダグダ長い戦乱

2月28日(火)11時0分 NEWSポストセブン

応仁の乱に新たな視座を提供した呉座勇一氏

写真を拡大

 日本の歴史上、最も有名な戦乱のひとつのはずなのに、大河ドラマになれば低視聴率。誰が登場したのかも、どんな理由で争ったのかもよく知らない──そんな「応仁の乱」をテーマにした新書が、異例のベストセラーになっている。


 昨年10月に出版された、国際日本文化研究センター助教の呉座勇一氏の著書『応仁の乱』(中公新書)。増刷を重ね、累計18万部を記録している。


 応仁の乱といわれても、「人の世むなし……(1467)」という語呂合わせが出てくるくらいで、印象が薄いと感じる人も多いだろう。実際、応仁の乱を取り上げた大河『花の乱』(1994年放送、主演・三田佳子=日野富子役)は、当時の歴代最低視聴率を記録した。


 そもそもどんな戦乱だったのか。通説をおさらいすると次のような内容となる。


〈息子がいなかった室町幕府の八代将軍・足利義政は弟の義視を後継者と定める。しかしその後、義政の妻・日野富子が男児(のちの義尚)を出産。富子は我が子を将軍にしようと画策する。この諍いに有力守護大名の細川勝元(義政側=東軍)と山名宗全(義尚側=西軍)が介入し、11年に及ぶ天下を二分した大乱に発展した〉──。


 しかし、今回のベストセラー『応仁の乱』はこの通説を否定する内容なのだ。


◆みんなカッコ悪い


 著者の呉座氏が解説する。


「応仁の乱には、通説にあるような“単純な対立構図”はありません。むしろ『わかりづらいこと』が最大の特徴で、そこに面白さがある。実は、なぜ戦乱が広がったのかもはっきりしないし、最終的に誰が勝ったのかもよくわからない。


 また、足利義政が無能だったとか、日野富子が稀代の悪女で我が子可愛さに乱を起こしたといったイメージも、後の時代の軍記物の内容に引っ張られたもので、正確とはいえません」


 呉座氏の見方では、“誰も望んでいないのに行きがかり上、広がってしまった大乱”なのだという。


 その意味では戦国時代や幕末の維新期とだいぶ違う。戦国大名たちには「天下統一」、幕末の維新志士たちには「倒幕」という明確な目的があった。


「目的達成のために突き進む戦国時代や幕末の英雄の超人的な活躍は、ドラマになりやすい。一方、応仁の乱には英雄らしい英雄がいない。“平凡な”登場人物がみんな右往左往しながら悩んで、迷って、判断ミスを犯す。その結果、京の都が焦土と化す史上有数の大乱になってしまうわけです。


 著書が売れたことには驚いていますが、登場人物がみんな慌てふためいていて格好悪いという、映画『シン・ゴジラ』の前半部分のような話が、英雄の活躍物語よりリアルに感じてもらえたのでしょうか」(同前)


◆判断ミスばっかり


 応仁の乱では、「有力守護大名の細川勝元や山名宗全といった主要人物らが、揃いも揃って見通しを誤り続けた」とする呉座氏。一例として挙げるのが、戦乱の発端となった1467年の「御霊合戦」だ。


 御霊合戦は守護大名・畠山家の家督争いのために起きた戦闘。畠山義就—畠山政長の従兄弟同士が争った御家騒動である。


「義就を支援していたのが山名です。一方、政長の後ろ盾は当時、幕府の実権を握っていた細川。御家騒動が起きると、将軍・足利義政は、山名、細川の両者に軍事介入を禁じます。義政は“家督争いに勝った方を支持すればいい”という日和見の判断をしたわけです」(呉座氏)


 ところが、山名が将軍・義政の命を破り、畠山義就に加勢してしまう。その結果、畠山政長は敗北を喫する。


「それまでの戦況を考えると、恐らく山名の介入がなくても、義就が勝っていたと思われます。山名は勝利を確実にしたかったから加勢したのでしょう。結果として、その代償は高くつきました。将軍・義政の命をバカ正直に守って介入しなかった細川は世間の評判を落とし、汚名返上のため反撃せざるをえない状況が生まれてしまった」(同前)


 事なかれ主義の指示を出した義政も、義就の勝利を信じ切れなかった山名も、素直に指示を守って窮地に追い込まれた細川も、たしかに“凡人っぽさ”がある。


「その後、山名、細川の対立が深まってからも、中立を守ろうとした将軍・義政が弟に強く迫られて細川支持の立場を表明してしまったり、講和を結ぼうとしたら参加する大名が多すぎて利害調整がうまくいかなかったりと、“グダグダ”のまま長く続いた戦乱といえるのです」(同前)


 そんなふうに応仁の乱の面白さを伝えようとする呉座氏の論考について、歴史研究家で多摩大学客員教授の河合敦氏はこういう。


「近年の研究では、応仁の乱の後半は、守護大名同士が激突するというより、京都で庶民と傭兵の中間のような者たちが小競り合いを続けていただけだとわかってきている。ダラダラ続いた戦いとして応仁の乱を捉え直す試みは、斬新で面白く感じられました」


 ドラマにならないドラマ──そこに応仁の乱の奥深さがあるというのだ。


※週刊ポスト2017年3月10日号

NEWSポストセブン

この記事が気に入ったらいいね!しよう

新書をもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ