日曜劇場『御上先生』学校教育監修・工藤勇一先生 なぜ生徒たちはまじめな人をさげすむのか。「悪い行い」をすることで人生経験が深まることはない
2025年3月3日(月)12時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
松坂桃李さんが主演を務める日曜劇場『御上先生』。「学校教育監修」としてクレジットされている教育者、横浜創英中学・高等学校前校長の工藤勇一先生は、子どもたちが自由に生きていくための学校改革を積極的に行ってきました。これからの時代を生きていく子どもたちを、大人はどのように見守っていけば良いのでしょうか?今回は、工藤先生が子どもたちに向けて書いた著書『考える。動く。自由になる。−15歳からの人生戦略』から、工藤先生の“人生の授業”を一部お届けします。
* * * * * * *
堂々と「偽善者」であれ!
君は「偽悪者」という言葉を知っていますか。
「偽善者」という言葉なら知っているかもしれないね。
僕の経験上、中高生くらいの年代の子どもたちには、友達を「偽善者」とからかう傾向があると感じています。
そこで、ここではまったく正反対の「偽悪」という言葉をご紹介します。
この言葉は僕が大学時代に読んだ絵本、『きつねのざんげ』(安野光雅著/岩崎書店)のあとがきで知った言葉です。
「偽善」と「偽悪」、一見、相反するように見えるこの2つの言葉ですが、ある視点で考えると、まったく同じだなあと僕は感じているのです。
「偽善」と「偽悪」
「偽善」というのはかんたんに言えば「いい子ぶる」というイメージで、まわりによく思われたくてよい行いをすることをさします。
それがまわりから見たときに、その人の「本当の姿」とは違っていると思われ、「あいつは偽善者だ」と非難されるわけです。
「偽悪」はかんたんに言えば「悪ぶる」ことを言うわけですが、まわりの友達(特に身近な仲間)に「いい子ぶってる人間だ」と思われたくないために、わざと悪いことを行ったり発言したりすることになります。
「いい子ぶる」のも「悪ぶる」のも、中高生にはよく見られる行動だけど、どちらも「自分のまわりに良く思われたい」という視点では一致している行動と言うことができます。
人から良く思われたくていいことをする「偽善」も、仲間から良く思われたくて悪ぶる「偽悪」も、行動の中身は違っても、構図は同じです。
しかし、もう一つの視点で見れば、この二つは決定的に違います。
それは、「いい行動は人の役に立つが、悪い行動は多くの場合、人に迷惑をかける」ということです。
「悪い行い」で人生経験は深まらない
「本当はいいやつなんだけど……」
生徒が問題を起こしたとき、生徒たちはときどきこういう言葉を使います。
(写真提供:Photo AC)
その一方で、生徒たちの中には「あいつ、マジメすぎるんだよな」とか「あいつガリ勉なんだよな」などと、まじめに誠実にやっている人をさげすむ言葉を使うこともあります。
大人の社会でも、「多少のやんちゃができた方がいい」などという言葉がしばしば使われます。
また、テレビやYouTubeで有名な人の中には「10代のころは暴走族に入っていました」などと自慢げに話をする人がいます。
しかし、たとえ若いころに悪さをしていたとしても、「あのときはバカだった。迷惑をかけて申し訳なかった」、「二度とあのころには戻りたくない」と伝えていればまだいいのですが、その言葉がない人をたまに見ます。
君には勘違いしてほしくないのですが、「悪い行い」をすることで人生経験が深まる、なんてことはありません。
そのときの苦しみ、のちに得た教訓をプラスに変えてこそ、経験に意味も出てくるのです。どんな理由があったとしても、人に迷惑をかけたり、傷つけたりしていいわけがないし、ましてや自分の体験を深めようとするための悪さが許されるはずがないのです。
「ダメなものはダメ」が分かる大人に
僕たち大人には、自分の歩んできた道を否定したくないプライドがあります。
僕自身ときどき、ちょっとした悪さをしたことも含めて自分の歩んできた道を美化しているかもしれない、と思うことがあります。
でも、「ダメなものはダメ」。それをちゃんと分かる大人になっていくことが大切だと思います。
「福祉関係の仕事につきたい人は、学校の掃除を一生懸命にする」
「人の命を守る医者になろうとしている人は、必死になって勉強する」
どっちも、当たり前のこと。
「掃除もまともにやったことがないのに、福祉の仕事につく」
「ほとんど勉強をしていないのに、医者の仕事につく」(そんなこと、本来ありえないはずだけど……)
その方が、よほど問題だと思うのです。
まじめでもOK。ガリ勉でもOK。
堂々とまじめに生きようとする人、一生懸命に努力し、なにかに打ち込める人、そして、友達のこうした努力を素直に応援できる人は、とても素敵な存在だと思います。
※本稿は、『考える。動く。自由になる。−15歳からの人生戦略』(実務教育出版)の一部を再編集したものです。
関連記事(外部サイト)
- 日曜劇場『御上先生』の学校教育監修・工藤勇一先生が語る教育問題 金八先生以後に生じた「学校=悪という構図」「学校が良いサービスを提供して当たり前という考え方」…工藤勇一校長が指摘する<近年の教育現場が抱える問題点>とは
- 日曜劇場『御上先生』学校教育監修・工藤勇一先生 与えられることに慣れた子どもたちが失った「自律」。主体性を取り戻して元気になる「3つの魔法の問いかけ」とは
- 日曜劇場『御上先生』監修・工藤勇一先生が指摘する「多数決」で決める社会の問題点。国会で多数決を「使わざるをえない」一番の理由は…
- 悩みすぎて疲れてしまう人に『御上先生』監修・工藤勇一氏が贈る人生の授業。「つらい自分と向き合う時間を持たないと、心のひだは深くならない」
- 工藤勇一校長「終わったらきれいに忘れる」テストに意味はあるのか…中間・期末テストを廃止した中学校で生徒に起きた驚くべき変化とは