ピアニスト角野隼斗さんの母・美智子さん 小学校低学年で大学受験レベルの楽典を習得した息子。1歳で興味を持った「数字」の学習をどのようにサポートしたのか
2025年3月3日(月)12時30分 婦人公論.jp
(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
ピアニストであり、「Cateen かてぃん」としてYouTubeでも活躍する角野隼斗さんのドキュメンタリー映画『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』が、2025年2月28日に公開されました。そんな隼斗さんの母・美智子さんは、コンクール入賞者を100名以上輩出したピアノ指導者です。そこで今回は、美智子さんの著書『「好き」が「才能」を飛躍させる 子どもの伸ばし方』から、美智子さん流・子育てメソッドを一部ご紹介します。
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三つ子の魂百まで
長男の隼斗は文字や数字に対する興味が比較的はやかったようで、彼が1歳くらいの頃にはこんなことがありました。
当時、未就学児のグループレッスンで私が使っていたアルファベットの教材を、隼斗もおもちゃがわりにして遊んでいたのですが、私がアルファベットを適当に並べると、「うー、うー」と言って怒るのです。
その教材は手のひらくらいの大きさのパンダ型のスポンジで、パズルのように別のパンダとお互いの手の部分をつなげて並べることができるものでした。
パンダのお腹の部分には、それぞれAからZまでのアルファベット型にスポンジがくりぬけるようになっていて、私はABCの歌を歌いながらそれを並べて子どもたちに英語の初歩を教えていたのでした。
隼斗はいつのまにかその歌を聞いてアルファベットを覚えてしまったようで、順序通りに並んでいないと「違う!」と(もちろんこの頃はまだ話せません)訴えるのです。
「この子は、文字に対する興味が強いのかもしれない」と、普段の生活の中でも注意して観察していると、文字のなかでも特に数字に対する興味が強いようだということがわかってきました。小さい男の子がよく好む車も、隼斗は車種にはまったく興味を示さないかわりに、ナンバープレートに書かれた数字には強い執着を示すのです。
数字が書いてあるものならカレンダーでも時計でもなんでも食いつくように読んだり字の形をなぞったりするので、図書館に行っては隼斗の好みそうな図鑑や数字のたくさん書いてある本をめいっぱい借りて、毎日読み聞かせをしていました。
言葉が話せるようになると
2歳になって言葉が話せるようになるとさらに興味は強くなり、「99の次はどうなるの? 999の次はどうなるの?」と数の概念を知りたがるようになりました。
隼斗の好奇心をできるだけ満たしてやりたいと思い、私も「百、千……兆、京(けい)、垓(がい)……無量大数」と0をたくさん書きながら、とことん付き合って教えてやるようにしていました。
数字の出てくるものにはなんでも特別な興味を示し、チラシの裏などに延々と数字を書き連ねているだけで隼斗にとってはじゅうぶん楽しい遊びになるので、この頃は紙と鉛筆さえあればいくらでも熱中していました。
年齢があがるにつれ、数字だけでなく、数字の背後にある考え方にも興味が及ぶようになり、たとえばかけ算なら九九の表を覚えさせるのではなく、「3が3つ集まったら9になる」と考え方を示してやると納得がいくようでした。
そうして乞われるままに教えてやっているうちに、幼稚園にあがる前には時計の読み方や簡単な計算も覚え、チラシの裏には円周率を書き連ねるようになっていました。
大学受験レベルの楽典まで習得
それでも飽き足りない様子を見て市販の計算ドリルを買ってあげると、それも楽しそうにあっという間に解いてしまって「もっと続きはないの?」と催促します。
私の実家に置いてあったクロスワードパズルや数独がすっかりお気に入りになっていた彼にとっては、四則計算も同じような遊びの一種と捉えているようでした。
(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
音楽の理論も、ある意味数学の世界に通じる側面がありますので、ピアノを弾いている時にうまく誘導しながら初歩の理論を教えてみると、隼斗の興味のある世界にぴったりはまったのか、あっという間に吸収してしまいます。
どんどん教えているうちに小学校低学年の頃までに大学受験レベルの楽典(楽譜の読み書きに必要な音楽の理論)は全部習得してしまいました。
大人にとっては「勉強」でも…
こう言うとずいぶん英才教育をしてきたように受け止められるかもしれませんが、隼斗本人にとってはあくまで興味の延長線上にあることを突き詰めていただけ、私はその延長線上に従って隼斗が欲しがる知識や材料を与えていただけ、という方が正確かもしれません。
実際、出先で隼斗が計算ドリルを解いていると、よその方から「こんなに小さいのにいまから勉強させて、かわいそうじゃない?」と言われることもありました。でも、それは大人が「勉強」と「遊び」に境界線を引いているだけで、子どもにとってはそんな区別はないのです。
興味の向け方次第で、大人にとって「勉強」と思えることも、子どもにとっては楽しい「遊び」になる。このことは私に大きな気づきを与えてくれました。
この時期の隼斗の質問攻めに四六時中応じるのは正直なところ大変でしたが、彼の興味の対象を追いかけながら調べたり説明を考えたりするのは、自分も世界を広げてもらっているような面もあり、親子の楽しいコミュニケーションのひとつと捉えていました。
まさに「三つ子の魂百まで」の言葉通り、隼斗にとって数学の世界というのはその後もずっと彼の興味の対象であり続け、ピアノと共に彼の世界をかたち作る大きな要素となっています。
※本稿は、『「好き」が「才能」を飛躍させる 子どもの伸ばし方』(ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)の一部を再編集したものです。
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