ソ連時代、海賊版のレコードはレントゲン写真のフィルムに焼かれていた

3月8日(金)18時30分 カラパイア

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image credit:X Ray Audio (Mit Press)

 ロシアがまだ、一党制の社会主義国家、ソビエト連邦(ソ連)だった冷戦時代、とても抑圧的な政策が敷かれていた。

 メディアは検閲され、海外から届くラジオやテレビの電波は妨害された。体制を批判する書籍等は発禁処分の憂き目に遭い、西洋の音楽とて退廃的であるとして禁止された。

 同時に、こうした圧政に対する抵抗も激化。発禁処分となった本は手で書き写されて、読者から読者の手に渡った。そして音楽でさえ、違法にコピーされたのだ。

 当時、レントゲン写真用フィルムを利用して海賊版のレコードが作られていたという。

・ゴミ箱から回収したレントゲン写真フィルムでレコードを制作

 当時、音楽の記録媒体はレコードだった。音声記録をコピーをするにレコード用旋盤とまっさらなビニールディスクが必要だった。

 しかし、こうした機材は高価で、そう簡単には手に入らなかった。

 そこで音楽を愛するソ連の若者たちは、そうした機材がなくとも、蓄音機を改造してレコード用旋盤を作り、プレスリーやビートルズといった西側の音楽を聴こうと試みたのである。

 このお手製のレコード用旋盤で音楽がプレスされる記録媒体となったのが、ゴミ箱から回収したり、病院から買ったりして集められたレントゲン写真用フィルムだった。

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image credit:X Ray Audio (Mit Press)


 その見た目は、雑誌などのおまけについていた昔懐かしのソノシートにも似ているが、表面には骨折した骨や外れてしまった関節といった少々不気味な写真が印刷されていた。

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image credit:X Ray Audio (Mit Press)

 このために、こうしたアルバムの愛好家たちからは、「ボーンミュージック」や「肋骨レコーディング」といった感じで呼ばれていた。


・闇市で流れるメロディ

 こうしたレントゲンフィルムレコードは、片面のみに録音されるのだが、なにしろペラペラのフィルムに浅い溝で録音するものだから、音質はおせじにも優れたものとは言えなかった。

 しかも10数回も再生すれば劣化して聴けなくなるような代物だった。

 だが若者はそれでも構わなかった。闇市に行けば、1〜1.5ルーブル程度と安価で購入することができたからだ。

 このようにして当時のソ連の若者たちは、自分たちの懐具合でも手に入る、禁じられた最薄のメロディに胸を震わせたのである。

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image credit:X-Ray Audio Greeting Card Collection

・蓄音機を逆転させた機材で録音

 この海賊版を作り出す機材について、X線オーディオプロジェクトでは、次のように説明している。

 「レコード用旋盤は蓄音機を逆転させたようなものだ。針でレコードに刻まれた溝の振動を読み、それを音に変換・増幅するのではなく、音声信号で振動する切削ヘッドで回転する円盤表面に溝を彫り込む。」

 「記録媒体に、一般に流通するアセテートではなく、レントゲン写真用フィルムを使用したために、制作過程は料理のようなものとなった。つまり、レシピがあるからといって必ずしも上手に完成するわけではなかった。切削ニードルの経年変化、音楽の種類、製作者の技能、原盤の品質といった条件によって、仕上がりはまちまちであった……各レコードはリアルタイムで切削され、そのために音もそれぞれで違う響きとなった。」

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image credit:X-Ray Audio Greeting Card Collection

・粗製乱造により音質が劣化、カセットテープの登場で幕を閉じる

 しかし、このやり方が広まって、お金儲けに走る人間が出てくると、音質は劣化してしまったそうだ。

 50年代後半になると、当局がこうしたアングラサブカルチャーを嗅ぎつける。1959年には主だった製造者が摘発。「音楽パトロール」なる組織が発足し、こうした違法コピーの監視が行われるようになった。

 レントゲンフィルムの海賊版はその後もほそぼそと続けられたが、やがてより音質に優れたカセットテープに取って代わられ、廃れていった。


Bone Records
References:Bone Records: Soviet-Era Bootlegged Music on X-Rays | Amusing Planet/ written by hiroching / edited by parumo

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