マザリ、マーキュロ…ヴィジュアル系世界観を武器に若者の代弁者として支持される「地雷系ロックアイドル」の真価

2025年3月13日(木)6時0分 JBpress

(冬将軍:音楽ライター)

90年代から現在までの、さまざまなヴィジュアル系アーティストにスポットを当て、その魅力やそこに纏わるエピソードを紹介していくコラム。今回はヴィジュアル系の世界観を持ち込んだアイドルたちを紹介。名古屋を拠点とする7人組アイドルグループのマザリ、サブカルを標榜したグループ、マーキュロなどの魅力、彼女たちが生まれ、支持される理由を考察する(JBpress)


マザリ、心臓ウリンに捧ぐ

 2025年2月24日、ひとりのアイドルが旅立った。名古屋を拠点とする7人組アイドルグループ、マザリの心臓ウリン(ココロウリン)である。

 あまりに突然の悲報にメンバーや関係者は、深い悲しみの中にいたが、このまま活動を止めてしまうのは彼女も望んでいないはず……そう考えたメンバーはこのまま7人で活動していくことを決意。開催中であった東名阪ワンマンツアー『白装束ト藁人形』も中止せずに継続。ウリンの歌声と衣装とともに7人でステージに立ち、大盛況でツアーを終えた。

 今回の連載では、マザリを含めたヴィジュアル系の世界観を持ち込んだアイドルの話題で書き進めており、原稿が書き上がっていた矢先のことであった。

 しかしながら、7人での活動継続を選んだマザリに敬意を表し、そのまま掲載することにする。

 マザリ・心臓ウリン様のご逝去に際し、心からお悔やみを申し上げます。


若者の代弁者としてのアイドル、地雷系ロックアイドル

 昨年9月に“アナタハ呪イタイ人ガイマスカ?”という不気味なポストとともに、能面を被った正体不明7人組のXアカウントが現れ、あれよあれよという間に200万インプレッションという大バズを生んだ。

 その正体は、マザリという名古屋を拠点とする女性アイドルグループである。

 マザリは呪い、嫉妬や復讐、そして心の闇……といった、人間の持つ鬱屈とした感情を「混ざり合う憎悪」としてコンセプトに掲げ、感情の赴くままに、混沌とした音世界へと引き摺り込んでいく7人組である。

 ダークネスでヘヴィネスなバンドサウンドに合わせ、負の感情を歌に乗せて叩きつけていく。重く深い歌詞と闇を纏った世界観は、名古屋という土地柄からしてもヴィジュアル系シーンにおける“名古屋系”を想起させ、ホラーでグロテスクな世界観のコンセプトは、cali≠gariが主宰するレーベル「密室ノイローゼ」を筆頭とした“密室系”や、ネオ・ヴィジュアル系下における80年代のナゴムレコードのリバイバル的な“ネオ・ナゴム”を彷彿とさせる。多くの楽曲で聴くことのできる分厚いディストーションギターと図太いベースによる複雑なアンサンブル、そのプレイとアレンジを担当しているのはDELUHI、Far East Dizainといったヴィジュアル系バンドで活躍してきたギタリスト、Ledaだ。

 誰もが抱える心の闇や弱さを力強く歌ってくれる女の子——。そうした女性アイドルがいま、Z世代の女子を中心に大きな支持を得ている。言うなれば、現代における“若者の代弁者”というべき存在。一昔前までそれはアーティストが担っていたものだが、現在はアイドルもその役を担っているのだ。

“推し活”が一般化し、女の子が考える“かわいい”を武器にしたキラキラとしたアイドルがメインストリームで活躍する一方で、自虐的な感情、共依存といったメンヘラチックな負の部分を武器にしたダークなアイドルがライブハウスシーンに多くいる。そうしたアイドルたちのことを私は“地雷系ロック”、“地雷系アイドルロック”と呼んでいる。

 そんな地雷系アイドルの中でも、マザリのようなヴィジュアル系バンドの世界観と音楽性を持ったグループが人気とともに確実な地位を築いているのである。


コロナ禍が変えたアイドル文化

 近年、若者のファッションのスタンダードのひとつになっている“地雷系”。そのメイクもファッションも、昭和世代から見ればバンギャやバンギャルといった、ヴィジュアル系ファンのファッションに酷似していると感じるはず。しかしながら、直接的な関連性はない。若者がバンドのことを知らずにメタルやハードロックバンドのTシャツを着ていることと同様に、単純に“かわいいから”といった見た目でそうしたファッションを好んでいるのである。

 地雷系ファッションの流行にアイドルシーン、特にライブアイドル、地下アイドルと呼ばれるインディーズアイドルの存在は欠くことができない。

 2019年2月にデビューした、悲撃のヒロイン症候群(ヒゲキノヒロインシンドローム)である。彼女たちの登場でシーンは一変した。

 悲撃のヒロイン症候群は、“自撮り界隈”とも呼ばれたSNSを駆使したインフルエンサーを集め、“病みかわ”を標榜するアイドルグループだ。彼女たちのメイクとファッションに憧れ、負の感情を吐露する楽曲に共感する若い女性が急増。2013年に自身のプロモーションアプリで突如現れ、女性的な情緒を赤裸々に曝け出す歌で一気に若者のカリスマとなったロックバンド、ミオヤマザキが楽曲提供をしたことも、そうした自虐的な歌詞を持つ世界観を決定づけたのである。

 さらにコロナ禍がアイドルシーンにもたらした影響は大きい。“おうち時間”や不要不急が叫ばれる中でのエンタテインメントの価値が問われる時代になってしまった。配信やSNSが重視されることによって、アイドルの魅せ方も変わった。それまでロック系のアイドルといえば、パフォーマンスの全力感やオーディエンスとの一体感といった、実体験と飾らない等身大が求められていた傾向が強くあった。

 しかし、直接的な体験が求められない時世によって、SNSにアップされた1枚の写真でどれだけの情報量を伝えることができるかというベクトルへ向かう、悲撃のヒロイン症候群といった、世界感を作り込んだ地雷系のアイドルが一躍拡がった節がある。

 さらにソーシャルディスタンスや声出しNGといった制約のあるライブ状況下は、もみくちゃにされるような、激しく、どこか近寄り難いライブハウスのイメージを一変させる。加えて、コールやMIXといった初心者にはハードルの高かったアイドルライブ文化を下げることになった。それによって、これまでアイドルライブに行かないような若い女性層が一気に増えていった。“騒ぐ、暴れる”といったライブの楽しみ方ではなく、“観る、聴く”ことが重視されるようになり、よりビジュアルやパフォーマンス、そして歌詞を重視するファン層が増えていった。

 ライブハウスは動きやすい服装でライブを楽しみに行くではなく、推しに会うためにおしゃれをして行く場所に変化したのである。

 悲撃のヒロイン症候群は2021年4月に解散。メンバーはAdamLilith、Illといったグループで現在は活動中である。そうしたアイドルグループが所属する「HEROINES」は地雷系のみならず幅広いグループが所属しており、現在のライブアイドルシーンの中で、最も大きな影響力を持ったインディペンデントなアイドルマネジメントのひとつとなっている。


マーキュロとサークルライチ

 そして2022年6月にサブカルを標榜したグループ、マーキュロが登場した。メンヘラや厨二病といった負の要素に加え、80年代に活動していた劇団「東京グランギニョル」の演目『マーキュロ』からのグループ名が物語るように、帝国主義やエログロナンセンスという、ネオ・ヴィジュアル系観を大きく差配していたアングラなサブカル要素を、アイドルに持ち込んだことは衝撃でもあった。

 マーキュロの楽曲「自殺願書」に〈死にたいんじゃない生きたくないの〉というフレーズがある。これは人間の持つ陰の真理であるだろう。こうした独自の死生観はヴィジュアル系バンドの得意とするところでもあり、森田童子やCoccoなどの女性アーティストがアイデンティティとして、絶大な支持を得てきたものである。しかしながら、アイドルがそうしたことを歌うことは暗黙の諒解でタブーとされていた。

 それまでもビジュアル面、音楽面ともにヴィジュアル系要素を持ったアイドルグループや楽曲は存在していたし、ヴィジュアル系事務所やヴィジュアル系バンドマンが手がけるアイドルもいた。しかし、ヴィジュアル系はあくまでモチーフや雰囲気要素のひとつでしかなく、あくまでアイドルはキラキラとしたものだ、という既成概念があったのである。

 そうした中で、マーキュロは“自殺”や“リストカット”といったダイレクトな表現をヴィジュアル系ロックに乗せた。楽曲制作やライブサポートなど、ヴィジュアル系畑の人間が制作に関わることで、ビジュアル面も音楽面も、アイドルにおける完全なるヴィジュアル系世界観構築を実現させたのだ。さらにマーキュロは、主宰レーベル「サークルライチ」を設立。アングラなレトロに特化しつつ、心の“叫び”をテーマにしたクララ・マグラ、そしてこれもまたアイドルシーンでは避けられてきた“エロティシズム”をコンセプトにしたベロティカを筆頭に、2025年3月現在9アーティストが所属する、一大勢力としてシーンに鎮座している。


地雷系アイドルロックの隆盛

 対して、シーンの中でもう一大勢力となっているのが、冒頭で紹介したマザリの所属するマネジメント事務所、MAD’S iNKだ。元々は名古屋を拠点に全国展開していた事務所であったが、2024年10月に東京へ本格進出した。

“アイドル界の魔王”の異名を持つ、那月邪夢を擁するグループ、MAD MEDiCiNEが、2025年1月に彼女以外のメンバーを一新。5人組から7人組グループ、“MADMED”へと進化した。“ゴシック×デジタル”を掲げた、エレクトロなロックテイストを持ったグループであったが、よりインダストリアルロック、ボディビート、ハンマービートを強調する音楽性へとシフトしている。

 こうした地雷系アイドルグループは、人間の弱さを強く歌っているが、本当に強いわけではない。傷を負い、強くなりたいからこそステージに立って歌う。アイドルになることによって強さを得たという、いわば変身願望の究極型。それはヴィジュアル系バンドも同じではないだろうか。勉強も運動も得意ではないが、楽器を持てば無敵になれる、メイクをして煌びやかな衣装を纏えば無敵になれる……。

 私は、彼女たちを指して“若者の代弁者”という言い方をしているが、強い言葉を歌っていたとて、聴き手に説教をするわけでもなければ、強制も励ましもない。ただやり場のない気持ちを歌にしているのである。だからこそ、聴き手は共鳴し、ときに共感していくのである。

 今、確実に地雷系アイドルロックシーンは大きな盛り上がりを見せている。こうした世界観と音楽性を持っているからこそ、ヴィジュアル系ファンも多くいる。ただ、こうしたグループはあくまでアイドルであって、“ヴィジュアル系”ではないということ。本物のヴィジュアル系畑の人間が関わっているからこそ、ヴィジュアル系とは名乗らない。あくまでアイドルなのだ。

筆者:冬将軍

JBpress

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