横尾忠則「難聴や腱鞘炎も全部受け入れ、心筋梗塞で死が怖くなくなった。執着や欲望から自由になって、無為でいられる今の人生は《いい湯加減》」
2025年3月16日(日)8時0分 婦人公論.jp
横尾忠則さん(撮影:岡本隆史)
生きることすべてが「遊び」だと話す、美術家で作家の横尾忠則さん。難聴や腱鞘炎などのハンディキャップも受け入れることで、自然に画風も変化していったと語ります。横尾さんがあまり悩まない理由は、もともと受け身な人間であったことと、若い頃のある《基礎》があるからだそうで——。(構成:篠藤ゆり 撮影:岡本隆史)
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老齢は《いい湯加減》
週刊誌で旧友・瀬戸内寂聴さんとの往復書簡を連載していたんです。それが、瀬戸内さんが旅立たれ、1人で継続していたものが1冊の本になりました。
毎回、書くテーマがなくなると、編集者さんがお題を出してくれる。すると、瞬時に書けます。たとえば「カエルについて書いてください」と言われたら、カエルと僕との経験を書けばいいわけで。「予感とは?」とか「運命の流れに乗るにはどうしたらいいか」など、抽象的なお題も多かったけど、実はそのほうが書きやすいですね。
文章を書くのはとくに好きじゃないものの、苦になりません。ペン先に思いを預けると、すっと書けます。
社会に物申そうとか、文章で評価されたいなんて思うと、それに縛られて悩みが生まれる。でも僕は、書くのに目的も結果も考えないから。
そもそも、書くことに飽きているのかもしれない。もう、生きてること自体にもそろそろ飽きていますからね。(笑)
僕は2歳から絵を描いているので、87年間描いていると、絵にも飽きがきますよね。飽きるともう、「なんでもあり」って境地になる。そうすると制約がなくなるので、結局残るのは「自由」だけです。
人生もすべて遊び
たとえば子どもは、生まれながらに自由。でも、学校で社会に関わったり、親のしつけを受けたりすることで、だんだん自由じゃなくなる。僕の場合は、成長が止まったのかな。
そもそも僕にとっては、すべて遊びなんです。絵を描くことも、ご飯食べるのも遊びだし、おしっこするのも遊び。意義とか目的は放棄して、人生そのものをすべて遊びだと思えば楽ですよ。でも多くの大人は、生きることに意味や大義名分をつけたがるから、遊べなくなってしまうんです。
子どもはとことん遊ぶと、飽きますよね。そして飽きると、また違うことがやりたくなる。僕も同じです。だから、自然に画風も変化していく。ここ数年は、難聴や腱鞘炎などハンディキャップも増えてきました。でも僕の場合、「ハンディキャップ? 上等じゃないか」と全部受け入れてしまう。
肉体的な変化が、自然に絵を変えてくれるようになると、だんだん僕が絵を描いているのでなく、「絵が僕に描かせてくれている」という心境にすりかわっていくんです。
腱鞘炎だから、たとえば顔を描こうと思っても手が震えておかしな顔になってしまう。でも、それはそれで、健康な時には描けなかったはずの絵です。それを僕は全部、認めるようにしました。
人間は若かった頃には戻れないんだから、老いと一緒に歩いていけばいいんだけど、みんなどうにかして逆らおうとしている気がします。
『飽きる美学』(著:横尾忠則/実業之日本社)
運命に逆らわないのが、僕の生き方
もともと僕は受け身な人間です。けっこう年をとった夫婦の養子となって、可愛がられてなんでもやってもらっていたからなのか。
子どもの頃は郵便配達員になるつもりで、高校時代は「郵趣会」というクラブ活動を結成したくらいだけど、先生から美大を受けるようにと言われて「はい」。
ところが、その後退職して東京へ行かれた先生を頼って受験のために東京に行ったら、先生から「明日の美大は受けるな」と言われて。
そこでも逆らわずに、故郷に帰ることにしました。そして流れにまかせていたらグラフィックデザイナーになり、絵描きになった。運命に逆らわないのが、僕の生き方です。
これも運命なのか、2022年に心筋梗塞になった際は本当に痛くて苦しくて、不安の極致でした。そういう時、死の恐怖に襲われる人もいると思うけど、僕はその反対。この苦しみから救ってくれるのは死しかないと思いました。もう88ですから。この年になると、死ぬことは別に怖くないんです。
老齢になると執着や欲望から自由になるから、ますます楽になります。だから僕は、年をとることが面白くて、楽しくてしょうがない。無為でいられる今の人生は、なんだか《いい湯加減》みたいな感じです。
僕があまり悩まないのは、若い頃、本を読まなかったという《基礎》があるからかもしれません。本を読むと、本から得たことと自分を照らし合わせて悩みが生じるけれど、僕は本を読んでないから悩みが生まれようがなかった。
そんな人間が「私の書いた本」のコーナーに登場するなんて(笑)、そのズレが面白い。僕の本に関しては、「運命が書かせた本」というコーナータイトルのほうが、合っているかもしれないね。
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