『べらぼう』蔦重が自立して真っ先に交渉した相手、富本豊前太夫。江戸のメディア王が大切にした「仕事への姿勢」とは
2025年3月17日(月)12時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。横浜流星さんが演じる主人公は、編集者や出版人として江戸の出版業界を支えた“蔦重”こと蔦屋重三郎です。江戸のメディア王と呼ばれた重三郎は、どのようなセンスを持ち合わせていたのでしょうか?今回は、書籍『蔦屋重三郎の慧眼』をもとに、総合印刷会社でアートディレクターやデザイナーの経験を持つ時代小説家・車浮代さんに、重三郎の仕事術について解説していただきました。
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商売は「着実」を基本とする
蔦重が出した出版物といえば、多くは歌麿や写楽の浮世絵であったり、江戸の世を風刺する本や春画など、派手なものを想像する方が多いだろう。
しかし意外なようだが、彼は初期の頃から、「往来物(おうらいもの)」と呼ばれた子ども向けの教育書や、歌や三味線などの入門書を重視していた。
どうして、そんな地味な出版物を重んじたのか?
それは「確実に売れる」からだ。派手な挿画を入れた黄表紙は、大ヒットになるかもしれないが、失敗することだってある。それに対して、教育書や入門書は確実に売れる。
確実に売れる本があったからこそ、リスクのある奇想天外な企画にもチャレンジできたのだろう。「着実」こそ、本当は商売の基本なのだ。
地味でもロングセラーを大事にする
着実こそ基本。それを象徴するのは、蔦重が版元として自立したあとで、真っ先に交渉した相手だ。
それは人気の狂歌師でも、絵師でもない。三味線を伴奏に物語を歌う浄瑠璃、「富本節(とみもとぶし)」の家元である富本豊前太夫(とみもとぶぜんだゆう)で、彼と独占契約を結んだ。
三味線といえば、江戸の人々が好んだ「習い事」である。武家や裕福な商家だけでなく、庶民も習っていた。富本豊前太夫といえば、江戸で一、二を争う、三味線の歌い手である。その教本を出していけば、確実に売れる。
地味ではあるが、ロングセラーを狙えるもの。蔦重はまさに、確実なところから仕事を固めていったのである。その姿勢は見習うべきだ。
どんな仕事も手を抜かない
子どものための教育書も、「確実に売れる」という堅実なジャンルだった。蔦重は初期の頃から、その企画に着手している。
確実に売れるから、正直さほど、ここに予算をかける必要はない。ところがその子どもの教育書の挿画を、蔦重は北尾重政に依頼した。美人画にも傑作を残し、北尾派という一門を率いたほどの大物の絵師である。
(写真提供:Photo AC)
重政も蔦重も、子ども向けの本だろうが、手を抜かない。どんなジャンルでも、最高傑作をめざす。そんな姿勢があったからこそ、蔦重の仕事は信頼された。
※本稿は、『蔦屋重三郎の慧眼』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
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