不幸ではないが、幸福でもない人の幸福論はどんなものか

3月17日(日)16時0分 NEWSポストセブン

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

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 一時期、幸福度調査の結果が話題になったことがある。日本の順位があまり高くなかった一方で、順位が高い北欧やブータンの暮らしぶりに注目が集まったこともある。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、「幸福」について考えた。


 * * *

 あなたは幸福ですか? そう問われて、「不幸です」と答える人はむしろ幸福だと思う。自分の不幸を認識できた人は、その不幸をバネにして生きていくことができる。不幸は、文学や絵画、音楽などの創造性の源泉にもなり得る。だから、不幸は幸福の種なのだ。


 問題は、不幸ではないが、幸福でもないという状態だろう。不幸ではないからと言って、幸福とは限らない。幸福というのは、なかなか捉えどころがない。


 ぼくは、いろいろな「幸福論」を時々読み返してきた。それで幸福になったという実感はないが、幸福とは何かということが何となくわかってきたように思う。


 ぼくが好きな幸福論は、アルトゥル・ショーペンハウアーの『幸福について─人生論─』(橋本文夫訳、新潮文庫)。


「人は幸福になるために生きている」という考えは、人間生来の迷妄である、と断言する。厭世哲学者の幸福論は、苦みも心地よい。こういうの大好き。


 だが、読んでいくと、我々を幸福にしてくれるのは心の「朗らかさ」である、という記述に出合う。「朗らかさ」が幸福になるためのキーワードだなんて、なんだかペシミストらしくない。



 ぼくは、幸福になるためには「なんとかなるさ」という楽観主義が大事だと思っている。がんになって、「もう治療法はありません」と言われるような状況になっても、災害で住む家を失くしても、「なんとかなるさ」と言える人は強い。このへんは、後に述べるアランの「幸福論」にも通じるが、辛口のショーペンハウアーからも感じ取れるのはおもしろい。


『幸福について』の中に、「年齢の差異について」という章がある。青年期は、「性欲、すなわち人間が絶えずとりつかれている悪魔の支配に服している間」であり、「不断の軽微な精神錯乱状態が維持されている」時期だとしている。それに対して、性欲が消滅した老年期は「完全に理性的になる」と述べながら、「他方からいえば性欲が消滅したあとは、人生の本当の中核は食い尽くされてしまっていて、今や人生の外殻だけが残っているのだといえよう」と述べている。それは「人間の衣裳を着けたロボットが終幕までを演ずる喜劇のようなもの」とキツイ表現をしている。


 この点、死ぬまで性愛をすすめている週刊ポストは、ショーペンハウアーの皮肉に一矢報いている、というのは言い過ぎだろうか。


 最もわかりやすく、最も有名なのはアランの「幸福論」だろう。アランは1868年、フランス生まれの高校の哲学教師。『幸福論』(白井健三郎訳、集英社文庫)は、93の実践的な断章から成っている。


 アランの考え方は、逆説的。「成功したから満足しているのではない。満足していたからこそ成功したのだ」。同じように、「もし喜びをさがしにいくなら、まずなにより喜びを蓄えることだ」と述べている。小さなことに喜んでいると、もっと大きな喜びがやってくる。満足していることが大事なのだ。



 8年前、「100分deで名著」(Eテレ)という番組にコメンテーターとして出演した。緩和ケア病棟の患者さんたちが、がん患者という状況に縛られず、自由に自分らしく生きようとする姿は、アランの楽観主義に通じるものがあると話した。


「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」「あらゆる幸福は意志と抑制とによるものである」


 たしかに悲観は気分に汚染されるが、楽観主義は意志の力でどうにでもなる。逆に言えば悲観的な状況を楽観的に考えることも意志の力でできるということだ。


 しかし、今の世の中は悲観主義や不機嫌が、次から次へと伝染しているように思う。その伝染はSNSを介して、炎上という名のパンデミックを起こしている。


 2017年の犯罪白書によると、65歳以上の刑法犯検挙人数は約4万7000人。20年間で3.7倍になっている。多いのは窃盗だが、傷害・暴行も約5800人と見逃せない。やはり20年間で17.4倍に増えた。キレるのは高齢者ばかりではない。人口比率でみると、ほとんどの世代で同じようにキレやすくなっている。


 子どもたちの間ではいじめが蔓延し、大人社会ではパワハラやセクハラが横行している。不謹慎な写真や映像をSNSに上げる「バイトテロ」も、人手不足や低賃金などへの不満と、「どうせオレなんか」という不幸な自縛が見え隠れする。



 こんながんじがらめの状態から脱するにはどうしたらいいのか。ぼくはその第一歩として、アランの言葉を噛みしめる。


「幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだ」


●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。


※週刊ポスト2019年3月22日号

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