キリスト教系新宗教「エホバの証人」2世が激白! 体罰、いじめ、自殺未遂…

2023年3月16日(木)18時32分 tocana


 コロナ禍、ウクライナ戦争、物価高騰、増税……暗いニュースが続いている。こうした状況では、人は救いを求めて、宗教にすがることもある。


 安倍元首相を銃撃し、殺害した山上徹也被告。その動機は母親が統一教会に多額の献金をし、人生が狂わされたためだとされている。カルト宗教にハマった親のせいで子供の人生が狂わされる事例はなにも統一教会に限らない。


 その1つが「エホバの証人」だ。最近、元宗教2世が幼少期から“ムチ”と呼ばれる体罰を受けていたことを明かし、注目されているが、実は私もエホバの証人に強制入信させられ、さまざまな体罰を受けてきた。


 私が小学校低学年のとき、母はエホバの証人に入信した。結婚生活の不和や恩師がエホバの証人の信者だったことが理由だ。当然、子供の私も強制的に入信させられた。


 毎週定期的に、王国会館(と呼ばれている貸しスペース)や大きな家を所有する信者の家に集まって、「勉強会」が開かれた。聖書を彼らなりに解釈して学ぶ集会なのだが、これが私にとっては苦痛でしかなかった。聖書の内容など理解できないし、興味もない。そのため、私の勉強会用の聖書はラクガキだらけだった。私のように落ち着きがない子供は、トイレに連れていかれて尻を叩かれた。私は泣き叫び必死に抵抗したが、そのことを気に掛ける大人は誰一人いなかった。勉強会の場所を提供している奥さんなどは「罰を受けろ!」とばかりに子供の私を鋭く睨んでいた。その記憶は今も鮮明に残っており、深いトラウマとなっている。


 矛盾するようだが、エホバの証人は暴力を禁じている。相手がどのような人であれ抵抗は基本的にしてはいけないのである。そのことは『目覚めよ!』という教団が出している雑誌にもはっきりと書いてあった。海外の信者家族が、強盗に入られたのに一切抵抗せず、『私たちはエホバの証人の信者です。私たちはあなた方を許します。どうか好きなものを持って行ってください』と強盗に言ったところ、強盗は何を思ったのか他の押し入った家では住民に酷い暴行を働いたのに、その家族には一切危害を加えず立ち去ったという話が美談として掲載されていた。それだけ徹底した非暴力を掲げているにもかかわらず、子供への体罰は必要であると認めている。


 暴力の禁止・抵抗の禁止は子供の信者にも要求された。そのため、学校でいじめに遭ってもやり返すことができない。私は小学校4年生でいじめに遭ったが、抵抗しないためにいじめはエスカレートしていく一方であった。親に相談しても何もしてくれないため、とにかく耐えるしかなかった。だがある日、堪忍袋の緒が切れた。いじめっこの靴や文房具を隠したり、捨てたり、下駄箱に暴言をラクガキするなどの抵抗をするようになったのだ。このことを当時の担任は知っており、いじめっこに対して厳しく叱ってくれ、そして私には報復はほどほどにするようにと諭してくれたおかげで、幸いなことにいじめはやがてなくなった。



 同時期に、教団の勧誘行為に無理やり連れていかれることもあり、辛くて泣いてしまうことがあった。そのときには、普段は大人しい祖父が母に対して信じられないほど厳しく怒っていたのを今でも覚えている。


 エホバの証人では神以外のことを讃える歌を歌うことを禁じられているため、そのため私は全校集会のとき国歌を歌うことができず口パクでしのいでいたものである。そのことに気付いた同級生が「なぜ歌わないのか?」と聞いてきたことがあった。私は「親が入っている宗教のためなんだ……」と答えた。同級生はそれ以上なにも聞いてくることはなかったが、他の人がやっていることをなぜ自分はしてはいけないのか嫌で仕方なかった。


 そして最も強く印象に残っていることはポケモンの歌に親が怒ったことである。ゲーム機「ニンテンドー64」の購入特典にポケモンのCDがついていたのだが、「歌詞が戦闘的すぎる!」「戦いを賛美している!」として聴くのを禁じられた。自分の好きなものを否定され、私は大変なショックを受けたものだ。しかしそんな日々も長くは続かなかった。親が教団の教えについていけなくなり、私が小学校高学年のときに辞めた。こうして私は比較的早い段階で自由になることができたのは不幸中の幸いだと思っている。


 だが、その後も数々のトラウマが私を襲った。精神的にも不安定になり、高校も大学生活も上手くいかず、20代の頃は精神を病んでいた。自殺未遂をしたこともあるし、精神病院に入ったこともある。その時に私を救ったのは神や聖書の言葉ではなかった。他の本に書かれている言葉(私が特に好きなのはゲーテである)やmixiやTwitterを通じて知り合った人々や友人たちに救われた。


 今の私は、比較的安定した収入を得られるようになり、1人暮らしをできるまでになった。おかげでさまざまな人々と知り合い、いろんな経験をしている。神を否定するつもりはないが、今の生活ができているのは神ではなく、人との繋がりのおかげである。


 今の世の中が前より生きづらいのは確かである。去年だけでもどれだけの有名人が自殺したことか、私の周りでも自殺する人がいて私自身もひどく落ち込んだものだ。これを読まれている読者の方にも神を呪いたくなるような状況におかれている人がいるかもしれない。だが決して諦めてはいけない、休みながらでいい、自分のペースでいいので立ち直っていってほしい。


 とにかく今は『生き延びて』ほしい。夜明け前が一番暗いだとか、雨はいつしかやみそこには虹がかかるなど安い言葉でしかなく気休めにもならないだろう。だが死ねばそこで終わりだ。あなたが生き延びていること、生きていることで繋がっていく縁はきっとあるはずだ。たとえ神があなたを見捨てても、誰かがなたを見捨てず助けてくれるはずである。

tocana

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