絶滅危惧種のゴリラを見られる国立公園で何が起こったか?先進国のスマホやパソコンの普及が招いた危機

2025年3月24日(月)6時0分 JBpress

(髙城千昭:TBS『世界遺産』元ディレクター・プロデューサー)


“紛争鉱物”の産出地で暮らすゴリラの悲劇

 世界に衝撃を与えた1枚の写真がある。アフリカの内陸、ほぼ赤道直下のヴィルンガ火山地帯にある雨林で、群れを率いるリーダーだった雄ゴリラが殺された。体重230kgもの死んだゴリラの巨体は、井桁に組んだ木の枝に蔓草でくくり付けられている。それを、村人たち20人近くが集まり、肩に担いで運び出す光景を捉えたものだ。

 この2007年に撮られた“ゴリラの葬列”は、あたかも聖なる神輿をかつぐ氏人の列や十字架に磔にされたキリスト像にも見え、私たちの胸をえぐるだろう。

 地球上に700頭しかいないマウンテンゴリラ。その雄1頭だけでなく、子連れの雌6頭も殺害された悲痛な事件が起きたのは、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の世界遺産「ヴィルンガ国立公園」(登録1979年、自然遺産)だ。山地の森は、隣国ルワンダと地続きであり、ゲリラや兵士・難民が流れ込み、身を潜めるには格好の場所である。

 ルワンダ大虐殺を主導したフツ族の民兵が組織化、また虐殺された側のツチ族も武装勢力となり、そこにコンゴ政府軍が加わり三つ巴の戦闘をくり返していた。誰が何の目的でゴリラを標的にしたのかは藪の中である。

 サハラ以南で最大の国土(日本の約6倍)をもつコンゴ民主共和国。1998年からは内戦状態に陥り、540万もの人命が失われたという。現在もなお、日本の外務省が発表している「海外安全ホームページ」では、北部から東部にかけてはレベル4(退避勧告)と真っ赤だ。このエリア内に「ヴィルンガ国立公園」「カフジ・ビエガ国立公園」など4つの世界遺産があり、30年近くずっと危機遺産に加えられたままである。

 なぜ手つかずの熱帯雨林が、危機的な状況に置かれることになったのか? 遠いアフリカの内戦で、日本人の生活とは何ら関係ないと思いがちだが、そこに見ようとしなければ見落としてしまう事実がある。

 コンゴは、金・コバルト・錫など鉱物資源が豊かな国で、中でも現代生活に欠かせないコルタンの埋蔵量は、世界の80%ともいわれる。このコルタンから抽出する“タンタル”というレアメタルは、スマホやパソコンなど電子機器のコンデンサーの必需品である。内戦の引き金になったのは、コルタンの違法な採掘だった。100を超える武装勢力が鉱山の利権をめぐって争っている。

 近年は「紛争鉱物」と呼ばれる、コルタン・錫を産出するのがコンゴ東部なのだ。首都キンシャサから遠く中央政府の目が届かない、いわば無法地帯である。そして丁度そこを“終の住み処”にしていることが、ゴリラの悲劇だった。


密猟され“ブッシュミート”になるゴリラ

 ゴリラは2種いる。アフリカ西部の低地で生きるニシゴリラと、中央部の山地を住み処にするヒガシゴリラである。ニシゴリラは丸顔で、頭の毛が茶色い……推定個体数は30万頭以上で、いま日本の動物園で会える20頭も全部ニシゴリラだ。けれど今や、学術目的以外での輸出入はワシントン条約で禁止された。1990年のピーク時には50頭いたが、年々減り続けている。日本からゴリラが消える日は、そう遠くないのかも知れない。

 一方ヒガシゴリラの数は、多く見積もっても5000頭くらい。もっとも絶滅の惧れがある動物のひとつだ。ヒガシゴリラにはマウンテンゴリラとヒガシローランドゴリラ(グラウアーゴリラとも。東部低地に生息)の2亜種があり、ヒガシローランドゴリラを保護するために設立されたのが「カフジ・ビエガ国立公園」(登録1980年、自然遺産)である。

 カフジ山(標高3308m)とビエガ山(標高2790m)という2つの活動を終えた火山を有し、低地に熱帯雨林・中腹に竹林が広がり、幾つもの沼地や湿原もある。ゴリラ・ツアーは、1970年代にこの公園から始まった。餌付けをせずに、同じ群れと観察者がずっと一緒にいることで人に対する恐怖心をなくし、自然な行動を観察できるようにする——この“人づけ”によって、ゴリラ・ツアーは可能になったのだ。カフジ・ビエガの森は、コンゴ東部だけに生息するヒガシローランドゴリラを見られる唯一の国立公園である。

 しかし内戦が鎮まった束の間2012年の映像には、ゴリラたちの悲しい現実が捉えられていた。左手のない子、足を引きずる子……森にワナを仕掛ける密猟者がいるのだ。殺した野生動物は自らが食べるか売りさばく。もちろんゴリラも。それらの肉は“ブッシュミート”と呼ばれ、公然と市場に出回ることもある。

 森のすぐ隣まで畑が迫っていた。危機に追い打ちをかけるのは、木炭だという。家での調理や暖房に使われるのは、ほとんどが木炭で、周辺に暮らす人々が炭にするために、木々を伐採してしまう。さらに問題なのは、武装勢力がこの木炭をビジネス化していることだ。公園レンジャーは違法取引の摘発に乗り出し、袋詰めされた木炭を押収している。

 カフジ・ビエガの森は、古来トゥワと呼ばれる狩猟採集民(かつては「ピグミー」と総称され差別された)の生活の場だった。彼らは、国立公園ができると外へと移住させられた。そんなトゥワの森の知識を活用するために、ここではゴリラのトラッカー(追跡者)として雇い、住み慣れた森で仕事ができるようにしている。

 世界遺産は、不動産の保護制度ではあるが、一番大切なのは「そこに住む人(生物)を守る」こと。トゥワやゴリラが消えてしまっては意味がない。ゴリラが生きられないような世界は、きっと人間も生きられない。

 カフジ・ビエガ国立公園は、人の世を映し出す“鏡”である。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

筆者:髙城 千昭

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