記憶に刻まれる一生モノの名画、コターン《マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物》の初来日を見逃すな

2025年3月26日(水)6時0分 JBpress

(ライター、構成作家:川岸 徹)

アメリカのサンディエゴ美術館と日本の国立西洋美術館のコレクションを組み合わせ、比較対照しながら展示するというユニークなスタイルの展覧会「西洋絵画、どこから見るか?—ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館」。2館の所蔵品の掛け合わせにより、作家の個性や特徴、時代背景などをより深く理解することが可能だ。


コターンの“あの絵”が初来日

 国立西洋美術館で開幕した「西洋絵画、どこから見るか?—ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館」に、アメリカのサンディエゴ美術館からフアン・サンチェス・コターン《マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物》が出品されている。「最も偉大な静物画」「ボデゴンの歴史を作った記念碑」などと形容される、美術の教科書でもおなじみの名画。制作から400年以上の時を経て、今回が初来日。「日本で見られる日が来るとは」と感激している人も多いのでは。

 フアン・サンチェス・コターンは、17世紀初頭に「ボデゴン」と称されるスペイン独自の静物画のスタイルを確立した画家。トレドで工房を営み、彼の代名詞といえる静物画を手がける。だが43歳の時に修道士となり、それ以降は宗教画しか描かなかった。現存するコターンの静物画は世界に6点しかないとされている。

《マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物》はその6点の中で最高傑作といわれる作品。出窓の縁のような空間にマルメロとキャベツが吊り下がり、その横にメロンとキュウリが置かれている。背景の黒は各モチーフの存在感を際立たせるとともに、厳粛で静かな空間を作り上げている。

 展覧会開幕に合わせてサンディエゴ美術館からヨーロッパ美術担当学芸員のマイケル・ブラウンが来日し、作品の凄さについて述べた。「ありふれた食材を描いたシンプルさ。巧みな余白の使い方。永遠に到達できないかのような無限さを感じさせるモチーフの配置」。この絵に魅せられる理由を言語化すると、そうした説明になるだろう。だが理屈抜きに、ただただこの作品に惹かれてしまう。

 展覧会ではコターン《マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物》のほかにも、サンディエゴ美術館所蔵の素晴らしいスペイン絵画が鑑賞できる。特にフランシスコ・デ・スルバランの4点がいい。


スルバランの画風の変遷をたどる

 スルバランは17世紀スペイン絵画を代表する画家。柔らかく温和な雰囲気の宗教画が人気だが、スルバランの高い写実性と神秘性は肖像画や静物画においても発揮された。《神の仔羊》は「神聖なるボデゴン」と呼ばれる静物画の名作。光輪を冠した仔羊が祭壇のような石台に載せられ、犠牲に捧げられる時を待っている。

 残り3点、《聖ヒエロニムス》《洞窟で祈る聖フランチェスコ》《聖母子と聖ヨハネ》は宗教画。晩年の代表作である《聖母子と聖ヨハネ》には、それまでの徹底的なリアリズムが消え、甘美な情緒があふれている。じゃれあう子供たちを見守る聖母マリアの穏やかな表情が印象的だ。

 展覧会ではこれら4点のサンディエゴ美術館のコレクションに合わせて、国立西洋美術館が所蔵する初期の名作《聖ドミニクス》も紹介。真っ黒な暗がりに佇む聖ドミニクスの姿が、犬がくわえた松明の灯りによってドラマチックに浮かび上がっている。国立西洋美術館の常設展で何度も見たことがあるという人も多いだろうが、サンディエゴ美術館の“聖人たち”と並べて展示されることで、初期の厳格なリアリズムから晩年の柔和な表現まで、スルバランの画風の変遷をたどることができる。


スペイン絵画以外も見どころ満載

 スペイン絵画の宝庫といえるサンディエゴ美術館。カリフォルニア州最南端の都市サンディエゴはスペイン人の入植によって築かれたという歴史があり、そのため美術館も積極的にスペイン絵画を収集してきた。ちなみにサンディエゴを拠点とし、ダルビッシュ有が所属するMLBチーム「サンディエゴ・パドレス」は、スペイン語で神父を意味する「Padre」がチーム名の由来だ。

 とはいえ、展覧会の見どころはスペイン絵画だけではない。展覧会の冒頭ではイタリア・フィレンツェを中心に活動したジョット《父なる神と天使》とフラ・アンジェリコの《聖母子と聖人たち》を展示。さらに“サンディエゴのモナ・リザ”と呼ばれるジョルジョーネ《男性の肖像》、ヒエロニムス・ボス(の工房)《キリストの捕縛》など、ヴェネツィアの盛期ルネサンスと北方ルネサンスの作品が紹介され、ルネサンスの成り立ちや広がりを知ることができる。

 フランス絵画では、国立西洋美術館所蔵のマリー=ガブリエル・カペ《自画像》とサンディエゴ美術館所蔵のマリー=ギユミーヌ・ブノワ《婦人の肖像》を並べて展示しているのが興味深い。2人の年齢は数年しか違わず、活躍した時期もほぼ同じだが、描かれた作品からは時代の移り変わりが見えてくる。

 1783年頃に制作されたカペの《自画像》には「巻き髪に淡いブルーのリボン」というロココ時代特有の華やかさが見られるが、1799年頃制作のブノワ《婦人の肖像》は形態の美しさを簡潔に表そうとする新古典主義的傾向が強い。作品を比べることで、新たな気づきが得られる。

 日本とアメリカ、2つの美術館のコレクションをまぜこぜにして見せるという、ユニークな展覧会。その大胆でいて実は緻密な構成にも、出品作の水準にも、心が踊らされた。

「西洋絵画、どこから見るか?—ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館」
会期:開催中〜2025年6月8日(日)
会場:国立西洋美術館
開館時間:9:30〜17:30(金、土は〜20:00)※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、5月7日(水)(ただし、3月24日(月)、5月5日(月・祝)、5月6日(火・休)は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

https://art.nikkei.com/dokomiru/

筆者:川岸 徹

JBpress

「来日」をもっと詳しく

「来日」のニュース

「来日」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ