栽培と備蓄、社会構造の転換を体現したイネの主食化

3月27日(金)6時0分 JBpress

イネ科の植物、イネ。私たち人類に多大な影響を与えた植物といえる。

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 私たちが日ごろ食べているもののほとんどは生物である。そして、多くの食材の直系の祖先は私たち人類より先に地球上に現れている。なぜヒトは「その食材」を食べることになったのか。その疑問を解くカギは、この地球上でヒトと生物がたどった進化にある。ふだん何気なく食べているさまざまな食材を、これまでにない「進化の視点」で追っていく。それぞれの食材に隠された生物進化のドラマとは・・・。

第1話:シアノバクテリア篇「イシクラゲは27億年の生物史が詰まった味だった」
第2話:棘皮動物篇「昆虫よりもウニのほうがヒトに近い生物である理由」
第3話:軟体動物篇「眼も心臓も、イカの体は驚くほどハイスペックだった」
第4話:節足動物篇「殻の脱皮で巨大化へ、生存競争に勝ったエビとカニ」
第5話:魚類篇「ヌタウナギからサメへ、太古の海が育んだ魚類の進化」
第6話:シダ植物篇「わらび餅と石炭、古生代が生んだ『黒い貴重品』」
第7話:鳥類篇「殻が固い鶏の卵は、恐竜から受け継いだものだった」
第8話:真菌類篇「酒とキノコの味わいを生んだ、共生と寄生の分解者」
第9話:被子植物と果実篇「動けない植物がとった『動物を利用する』繁殖戦略」
第10話:哺乳類・クジラ篇「“海の勝ち組”クジラが天敵・人類に狙われた理由」
第11話:哺乳類・ウシ篇「超高性能なミルク生産者、ウシに養われてきた人類」

 だいぶ前になるが、ネット上で「wwww」という文字列をよく見るようになった。調べてみると、「笑」のローマ字「warai」からのもので、「草(くさ)」と読むことになっており「笑える」というような意味合いであることを知った。wの羅列を草に見立てた表現なのである。

 この表現で「草」となっているのは、おそらくは単子葉のイネ科の植物であろう。草と一般によばれるものには、イネ科以外の植物も当然含まれるが、やはりイネ科植物が一面に生えている様を見れば「草が生えている」と言ってしまうのが一般的な感覚だろう。それほどに、イネ科の植物は油断すれば至るところに生えるものである。

 ところが、現時点で人類の食は、そんなありふれたイネ科の植物に支えられているといっても過言ではない。イネ科にはイネ、コムギ、オオムギ、キビ、アワ、トウモロコシなどが含まれ、これらはいわゆる穀物とよばれる重要作物である。

 さて、ここで考えてみたい。これら穀物に共通することは何だろうか。


固い穀物をいつでも消化できる食物に変えられる技術

 いろいろな答えがあるだろうが、食の観点からすれば「加熱しないと食べられない」ということが結構大きい共通点なのではないか。本連載でこれまで紹介してきた食材は、わらび粉以外は、食中毒や食感を気にしなければ、すべて加熱せずとも食べられはするものばかりだった。つまり、人類の祖先が火をまだ使えてない時代であっても食べられたはずなのだ。

 しかし、穀物は原則、加熱なしに食べることができない。人類の祖先がいつごろからイネ科植物を食するようになったのか定かではないが、少なくとも火を使用するようになってからである可能性は高いだろう。

 なぜ加熱しないと食べられないのかといえば、可食部が種子だからである。種子は、被子植物と果実篇でも述べたように「次世代へのタイムカプセル」であるから、簡単に食べられて消化されるわけにはいかなのだ。

 しかしながら、加熱という、植物にとって意表を突かれる処理に対しては、種子のタイムカプセル機能もさすがに崩壊する。種子に貯えられたデンプンは、私たちでも消化できる非常に効率的なエネルギー源となる。


加熱なしに食べられない、すなわち長期保存が可能

 さて、そのイネ科の植物はいつごろ地球上に現れたのであろうか。約6700万年前、中生代白亜紀後期の恐竜の糞の化石からはイネ科植物由来のガラス質が見つかっている。その頃からすでにひっそりと存在していたものと考えられているのだ。

 しかしながら、イネ科植物が地球上の生態系に圧倒的な存在感を示すようになるのは約2000万年前、新生代新第三紀中新世の時代あたりからである。この時代以降、気候変動の影響を受けて森林が少なくなりつつあり、イネ科植物が大繁栄する新天地、つまりは草原が徐々に広がっていったのだ。前回の哺乳類・ウシ篇で登場した偶蹄類もその草原の拡大と並行して進化し、草食動物の完成形であるウシを生み出した。

 イネ科植物の芽が伸びる成長点は地面に近い基部にあり、地上の葉を草食動物に食べられたりしても、基部から新芽が出てきて枯れないことが多い。また、草原の野焼きなどによって一面黒焦げになっていても、真っ先に芽生えてくるのがイネ科植物である。執拗に踏みつぶしたり、鎌で刈ったりしても、地下茎や根が残っていればしぶとく芽を出してくる様は、庭の雑草取りをしている人なら大いに実感できるところだろう。

 そして、葉が縦方向に伸びているため、狭い場所でも効率的に光エネルギーを吸収することができ、単位面積・年あたりの物質生産量も大きい。何よりも成長速度が速いので、空白のエリアが生じれば、真っ先に土地を専有してしまうのである。

 人類の立場に立って考えると、イネ科植物の利点はもうひとつある。それは保存性が高いということだ。加熱しないと食べられないということは、加熱しなければ長期保存が可能ということでもある。すなわち、「採集・収穫をしてその日暮らし」ではなく、「計画的に栽培し備蓄する」という発想が出てくるのである。その備蓄の量に起因する社会構造が新たにできたことは想像に難くない。当然、それは人類の歴史の一大転換点であったということに異論はないだろう。


日本のイネは大陸から

 ここで日本人になじみの深いイネについて、その歴史を見てみよう。

 イネは、湿地帯に適応したイネ科植物である。現在、食用とされているイネ(Oryza sativa)は、「ノイネ」(Oryza rufipogon)という野生種から派生したものと考えられている。ノイネは今でも場所によっては「雑草」のように栽培種の周辺に生えていることがある。写真を見て分かるように、種子が実らないうちは、多少しゃきっと直立していないほかは、素人目には栽培品種のイネとは区別がつきにくい。

 しかし、実をつける段階になると違いが見えてくる。まず、種子が容易にパラパラと落ちてしまう。この性質はイネに限らず、コムギなどの原種でも見られる特徴である。

 とはいえ、勝手にポロポロ地面に落ちてしまっては栽培品種としては都合が悪い。すなわち、現在の栽培品種は、数千年かけて人類が効率的な栽培に適した形質を選抜していった結果にほかならない。また、ノイネの玄米が赤いのも、一般的なイネと違う点だ。

 では、その原種のイネはどこで最初に栽培され、現在のイネへと改良されていったのであろうか。

 日本には元々ノイネは存在しなかったと考えられるので、イネは中国南部や朝鮮半島から人為的に運ばれてきたと考えられている。つまり、起源は大陸ということは確実である。

 イネの起源については、考古学や文化人類学、そして遺伝学などのさまざまな視点を総合的に組み合わせて考えなければ、なかなか結論が出ない問題である。アジアのイネの品種どうしの遺伝子の系統の観点でみると、約7000年前の中国南部、香港・マカオを河口とする珠江の中流域がその起源であろうと考えられている。ただし、これは私たちが普段食べている「ジャポニカ(japonica)米」とよばれる品種の祖先の話である。


イネの多様性が見られる東南アジア

 一方、東南アジアやインドなどではジャポニカ米とは異なるイネが栽培されている。そう、「インディカ(indica)米」である。1993年の記録的な冷夏による不作で、東南アジアからは「タイ米」ともよばれたこの米が緊急輸入された。パサパサした食感からよいイメージを持ってない人も多いかもしれない。食感のほか、その形もずいぶんと違うことを知った人も多かったのではないだろうか。

 しかしながら、インディカ米は細長くて粘り気のないものばかりではなく、想像以上に多様な品種がある。当然のことながら、インディカ米にももち米があるし、ジャスミンライスなどのような香りのある品種もある。

 また、インドネシアやスペイン語圏で栽培され、パエリアなどに使われる「ジャバニカ (javanica)米」もある。これは遺伝的にジャポニカ米に近いので「熱帯ジャポニカ」ともいわれる。米粒の見た目もジャポニカ米に似ているが、食感はインディカ米に近いイネだ。

 東南アジアにおけるイネの多様性は、インディカ米やジャバニカ米の祖先が東南アジアの各地域で散発的に栽培化されていったことが大きいようだ。インディカ米やジャバニカ米も根本な祖先は、前述のノイネの一種であることには変わりないが、地域によって野生種との交雑などが起きて、栽培化の過程が複雑になったと考えられている。


イネと人類の関係はこれからも続く

 以上、イネを例にイネ科植物の栽培化の流れを簡単に記した。

 イネ科植物と人類の歴史を見ると、数千年にわたって密接に関わりあいながら互いに絆を深めているようにみえる。品種改良という点では前回のウシなども同様だが、やはり人類に与えた影響という点ではイネ科植物に勝る生物はなかなかいないように思う。

 特にその中でもイネは、自分が日本人であることを指し引いても、穀物の中で最も食べ応えがあるように思う。なにせ、粉に加工せずとも炊くだけでそのまま充足感を持って食べられるのだから。物流の盛んな現代なら、将来的にはコムギの文化圏でも米食が定着してゆく可能性はあるだろう。

 とはいえ、過酷な環境に強いはずのイネ科植物も、地球温暖化や水不足、塩害などの影響で栽培エリアを増やしていくことは難しいと懸念されている。このまま放置すれば、まさに「草も生えない」状態になりかねない。それに対抗するために、継続可能な農地の維持努力とともに、遺伝子組換え技術を使った新たな品種の作出などが進められている。

 すなわち、イネ科植物と人類との関係性は試行錯誤しながらこれからも続いていくのである。

 次回は、「生物進化を食べる」の番外篇「宇宙進化を食べる」をお送りする予定である。

(番外篇へつづく)

筆者:大平 万里

JBpress

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