宇野昌磨、良くても悪くても変わらないアスリート像、どんな時も最善を尽くし、勝者を讃える精神の発露

2024年3月27日(水)17時0分 JBpress

文=松原孝臣 


最善を尽くした世界選手権

 演技を終えたあと、浮かべたのは照れたようにも、すっきりしたようにも見える笑顔だった。

「僕は最善を尽くしました」

 試合を終えて、宇野昌磨は語った。それは文字通りの意味の込められた言葉だった。

 カナダ・モントリオールで行われたフィギュアスケートの世界選手権。大会3連覇の期待が寄せられていた宇野のショートプログラムは圧巻のひとこと。冒頭の4回転フリップは完璧で過去最高と言えた。今季のショートプログラム世界最高得点で1位に立つ。

 だがフリーでは、冒頭の4回転ループで転倒、続く4回転フリップでも乱れた。結果、フリーは6位、総合4位で大会を終えた。

「やれることを毎日限界までやってきましたので、練習に後悔は全くないです」

 演技を終えて、宇野は語った。

 大会を迎えるにあたり、やれる限りの練習を重ねた。やることを尽くしで臨んでいたことは翌日の言葉にも表れている。

「成功しても失敗しても、両方とも受け入れられる練習をしてきたので、自分が最善と思える練習をしてきたからこそよくても悪くても受け入れられます」

 最善と思えるだけの練習ができたからその結果がどうあれ受け止められる。結果よりも自分の努めを、自分がどう取り組んだかを重視するのは宇野らしかった。


苦しかった2年間

「この2年間、苦しかった方が多かったです」

 とも語っている。

 2022年北京五輪で2大会連続の表彰台となる銅メダルを獲得し、その翌月の世界選手権では初優勝、ついに頂点に立った。

 迎えた2022−2023シーズンは、まさにトップスケーターとして1年を駆け抜けた。グランプリシリーズ2戦を制しグランプリファイナルで初優勝、全日本選手権で5度目の優勝を飾ると世界選手権では連覇。シーズンを通じて総合得点で300点を超えたのは宇野ただ一人だった。

 これらの成果を残したあと、だからこそ葛藤した。自分はここからどう進めばよいのか——。

 世界選手権の直後にはこう語っている。

「僕がスケートをやってきた上で求めているのは、結果以上に自分が自分の演技を見返したときにいいなって思える演技です。この2年間、正直できているかって聞かれたら、ジャンプはほんとうに上手くなりましたしいいと思うんですけど、スケーターとしてどうだと考えるとあまりうんとは思えないので」

「世界選手権の前に、(優勝した)グランプリファイナルの映像を、ジャンプを見る目的で観ました。ほんとうにジャンプだけだなって思ってしまって。『あれ? なんかもう1回観たいとは思わないな』っていう演技だったというのが正直な感想です」

 葛藤を続けた末に、表現を追求することを考え、「ワンピース・オン・アイス」などアイスショーを経て、シーズンに臨んだ。

 グランプリシリーズの2大会、グランプリファイナルは2位。全日本選手権6度目の優勝を果たした。


あらためて感じる「強さ」

 迎えた今回の世界選手権は4位で終えた。でも「苦しかった方が」というこの2シーズンを思い起こすとき、あらためて感じるのは宇野の強さだ。

 ある意味何も考えずに成長を、向上を志した時期を過ぎ、やることをなしたとき、どんなアスリートも達成感や充足感を抱く。それまでのように競技に取り組むモチベーションにも苦しむ。かつては「燃え尽き症候群」と言われることもしばしばあった。そこで競技を退く選手は少なくないし、続行を決意してもモチベーションを戻すのは容易ではない。パフォーマンスが上がらない状態であることも多い。

 宇野もまた、2021−2022シーズンののち、特に今シーズンはどう進めばよいか逡巡があった。競技者として進むのかそうではない形をとるのかも考えただろう。

 でも、この2シーズン、氷上で見せたのは成長し続ける姿だった。高難度のジャンプ構成を継続し、あるいは今シーズン意識してきた表現を高める努力を続けた。ジャンプで言うなら、世界選手権ショートプログラム冒頭の4回転フリップはその歩みの象徴のようだった。

 そしてショート、フリー双方のプログラムで見せた演技は、指先や目線に至るまで進化のあとを遂げた。ジャンプの回転不足をひときわ厳しくとられたNHK杯のフリーは、それを消し去るほどプログラムの世界に誘った。

 葛藤や苦しみがあっても足を止めず進化を続けたことに、宇野の強さがある。

 氷上の姿ばかりではない。全日本選手権で直前の滑走者山本草太の会心の演技を心から称えたように、拍手をおくることを惜しまなかった。世界選手権でも優勝したイリア・マリニンを称え、2位の鍵山優真を称え、その姿勢は一貫していた。

 そのふるまいもまた、宇野昌磨というスケーターの像を伝えている。

 そしてこれら、氷の内外の姿から伝わるのは、苦しかったという時間にあってなお、最善を尽くしてきたことだ。世界選手権へ向けての練習だけではない、ずっとそうしてきたのだ。

 世界選手権4位という結果を「敗れた」と捉える向きもあるだろう。競技である以上、それはいたしかたないかもしれない。

 でも、順位におさまることのない培われた演技の魅力を残した今大会と、ここに至るまでの過程を振り返るとき、そこに浮かぶのは敗れざる者としての姿だった

筆者:松原 孝臣

JBpress

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