90歳まで新しい表現へ挑戦し続けた芸術家・ミロ、同世代のピカソとの深い絆、激動の時代を映す試行錯誤の画業

2025年3月27日(木)6時0分 JBpress

(ライター、構成作家:川岸 徹)

20世紀を代表する画家ジュアン・ミロ。90歳まで新しい表現へ挑戦し続けたミロの芸術を包括的に紹介する展覧会「ミロ展」が東京都美術館で開幕した。


“ご近所”だったミロとピカソ

 1893年、スペイン・カタルーニャ州に生まれたジュアン・ミロ(1893〜1983)。同じくスペイン出身の芸術家パブロ・ピカソと並んで20世紀を代表する巨匠として知られているが、2人は幼い頃から深い縁で結ばれていた。そもそもミロの実家(クレディト小路4番地)とピカソの実家(マルセ通り3番地)は500メートルほどの距離。2人の母親は友達だったという。

 一回り年上のピカソは、ミロより先にパリで名声を獲得。1917年、ミロはバルセロナにピカソが舞台装飾や衣装のデザインを担当したバレエ・リュスの公演を見に行ったが、内気な性格が災いし、同郷の偉大な先輩に声すらかけられなかったという。

 その後、ミロはピカソの後を追うように、1920年に渡仏。ピカソはミロを自宅に招き、制作についての助言を与えるなどして、友好関係を深めていく。その友情は生涯にわたって続き、1973年にピカソが亡くなった時のミロの落胆ぶりは相当なものだったという。ミロは参加していた晩餐会の席で、「ピカソが亡くなったんだぞ、私の友人がいなくなってしまったんだ。彼に黙祷を捧げようではないか」と声をあげたという。あの温厚で寡黙と知られるミロが、である。

 そんなミロの創作に対する姿勢も、ピカソとよく似ている。ピカソは「青の時代⇒バラ色の時代⇒キュビスムの時代⇒新古典主義の時代⇒シュルレアリスムの時代」と生涯のうちに何度もスタイルを変遷させた画家として知られているが、ミロも同様に、激動の1900年代を映す鏡のように画風を頻繁に変えた。絵画だけでなく、彫刻や舞台美術の制作に取り組んだという共通点もある。東京都美術館で開幕した『ミロ展』では、世界各国から集めた初期から晩年までの作品約100点を紹介。ミロの創作活動の変遷を各時代の代表作とともに辿っていく。


様々な技法を試し、成長を続ける

 1910年代、ミロの初期の作品はポスト印象派やフォーヴィスム、キュビスムの画家たちからの影響が強い。ポスト印象派の点描技法のような表現が見られる《モンロッチの風景》(1914年)、フォーヴィスムを思わせる激しい色彩の《シウラナの小径》(1917年)。初期の代表作といわれる《ヤシの木のある家》(1918年)では、フォーヴィスムの作風を捨て、細部の仕上げにこだわる“ミロっぽさ”が出てきている。

 1920年にパリへ渡ったミロは、画家アンドレ・マッソンの隣のアトリエに移り住む。ここでシュルレアリスムの作家や詩人と交流が始まり、ミロ自身もシュルレアリスム運動に参加。作品に抽象的なイメージや記号、動的な線などが入り混じるようになり、1925年から27年にかけては「夢の絵画」と呼ばれる100点以上の幻想的な作品を残した。

 その後、ミロは1928年のオランダ旅行をきっかけに、17世紀オランダ絵画に傾倒。展覧会に出品されている《オランダの室内Ⅰ》(1928年)という作品では、ヘンドリク・ソルフの《リュートを弾く人》というオランダ風俗画をデフォルメし、新たに自分の世界を作り上げるという実験的な試みを行っている。様々な技法に挑戦し、試行錯誤を重ねながら、ミロは進化を遂げていった。


戦争が生んだ〈星座〉シリーズ

 精力的に創作に励むミロだったが、その活動は徐々に戦争の波に飲み込まれていく。1936年にスペイン内乱が勃発。ミロはピカソと同じように共和国政府を支持し、1937年に開催されたパリ万博のスペイン共和国パビリオンに、ピカソは《ゲルニカ》を、ミロは《刈り入れ人》を出品した。《刈り入れ人》は現在所在不明だが、暗い背景に怪物のようなものが描かれた、戦争の恐ろしさを伝える作品だったという。

 その後も暴力性を前面に押し出した作品を制作し続けたミロ。1939年9月に第二次世界大戦が始まるとパリを離れ、ノルマンディー地方にある小さな村ヴァランジュヴィル=シュル=メールで避難生活を送る。そこで生まれたのが、ミロ屈指の人気作〈星座〉シリーズだ。

〈星座〉シリーズは38×46センチほどの紙に描かれた23点から成るシリーズもの。そこには直前までの暗く重い表現はなく、明るい色彩で清らかな天空世界が描かれた。モチーフは星、星座、女性、男性、鳥、梯子など。それらのモチーフは記号化され、ひとつの画面でお互いが響き合うように配置されている。眺めていると、リズミカルな心地よい音楽が聴こえてくるよう。暗い時代だからこそ、明るい希望が必要。ミロは〈星座〉シリーズを通して、そんなメッセージを世界中に送りたかったのだろう。

 現在、〈星座〉シリーズの23点は世界各地に散らばり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やメトロポリタン美術館、クリーブランド美術館などに所蔵されている。複数の作品をまとめて鑑賞できる機会はなかなかないが、本展では《明けの明星》(ジュアン・ミロ財団蔵)、《女と鳥》(ナーマド・コレクション蔵)、《カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち》(フィラデルフィア美術館蔵)の3点が出品されている。こんな機会、もう二度とないかもしれない。後々後悔しないためにも、お見逃しなく。

 晩年の作品では《焼かれたカンヴァス2》が興味深い。カンヴァスに焦げた穴が開いているが、これはミロが絵を描いた後に火をつけて燃やした跡。ミロは「投機的な商品になっていく絵画のあり方に反発した」と、その行為の理由を語っているが、壊すことで作品を完成させるという手法は現代的で新しい。現代アーティストのバンクシーがシュレッダーで絵を切り刻んだのは2018年のこと。ミロはそれより45年前の1973年に、自身の作品を“破壊”しているのだ。

「ミロ展」
会期:開催中〜2025年7月6日(日)
会場:東京都美術館
開室時間:9:30〜17:30(金曜日は〜20:00)※入室は閉室の30分前まで
休室日:月曜日、5月7日(水)(ただし、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開室)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

https://miro2025.exhibit.jp/

筆者:川岸 徹

JBpress

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