【著者に訊け】窪美澄氏 『たおやかに輪をえがいて』

3月27日(金)11時0分 NEWSポストセブン

窪美澄氏が『たおやかに輪をえがいて』を語る

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【著者に訊け】窪美澄氏/『たおやかに輪をえがいて』/中央公論新社/1650円+税


 デビューから10年。女性にとっての性愛や妊娠出産をめぐり、それまで具体的に語られることの少なかった本音や実情を、繊細な筆致で綴ってきた窪美澄氏。同時に、美談にされがちな結婚や家族の欺瞞を暴くような作品も手がけてきた。これまでは自身が経験してきたアラサー、アラフォー世代の女性を主人公に据えることが多かったが、


「50代の女性を、まだ真正面から書いたことがなかったんですね。過ぎ去ったことではない、自分と同世代を客観的に観察するのは生々しくて難しいと思ったのですが、挑戦してみたかったんです」


『たおやかに輪をえがいて』の主人公は、52歳の専業主婦、酒井絵里子。2歳年上の夫・俊太郎と、大学2年生の娘・萌と暮らしている。夫はイクメンでもなかったし、家事や育児をほぼひとりでやってきたことに特に不満はない。それが当時はめずらしいことではなかったからだ。萌の反抗期には手を焼いたが、いまは穏やかな日々。その綻びとなったのは、夫のクローゼットで見つけた風俗店のポイントカードだった。


「作家になってから、出版社の人から風俗に行く人の話をよく聞くようになったんです。ライター時代にはなかった経験なので不思議ですよね(笑)。作中に出てくる、男性が風俗嬢の前でおいおい泣くというエピソードは取材して知ったことですが、ごく普通の男性がこんなに当たり前に風俗に通うんだと、私自身、絵里子みたいにカルチャーショックを感じました。それがこの小説を書かせたきっかけでもあります」


 最初は、絵里子はただ動揺していた。思い返せば、夫との関係はとっくに変化している。身体の触れ合いも間遠になっていた。だが、夫を問い詰めることもできない。波風を立てたくないからというより、突きつけて責め立てれば気が済むのか、離婚したいのか、絵里子自身が自分の気持ちをつかめないせいだ。


「卒婚小説や家族小説と読んでいただいていいんですが、私は『長女小説』だとも思っているんです。絵里子は第一子。下のきょうだいに親の愛を奪われたような寂しさを言い出せなかったし、周りの空気を読んで、言いたいことも飲んでしまうんですよね。


 私も長女なので絵里子と似たところはあります。ただ、多くの女性は、そういうふうに『私さえ我慢すれば』と思ってしまう気がします。そのゆがみや苦しさを絵里子に代弁させて、読者にも感じてもらいたかったのです」


 思いがけず家族の秘密を知ってしまったとき、どう行動するのがいいのか。正解がないからこそ、窪氏は、「自宅マンションとパートの往復をしているだけだった絵里子に、いろいろな生き方をしている女性たちと意識的に出会わせ、揺さぶりをかけていって、彼女がどう変わるのかを書くというやり方にしました」


 絵里子の前にまず現れたのは、ランジェリーショップの経営者であり、大胆な整形をした、高校時代いちばんの仲良しだった内藤詩織。そして、詩織と同棲中で、セルフヌードを撮る21歳年下のみなも。そもそも、絵里子の母親は3度の結婚をしており、妹の芙美子は離婚して女手一つで息子の秀を育てている。初めてのひとり旅では、乳房切除している女性とも出会った。


 人との出会いや未体験の出来事に飛び込むことを通して、結婚の鳥かごの中にいることを幸せと信じて疑わなかった絵里子が、失ってしまった自分を取り戻す。なぜ絵里子はこれほど柔軟に変われたのか。


「それだけ夫に怒っていたということですよね。なあなあにして許してしまうと、また元の状態に戻るしかないから、どうしても譲れないところだった。本当の感情を絵里子自身がつかむまで結構かかりますけれど、ロールプレイングゲームではないですが、人生は何度でも選び直していいと思っているんですよね」


◆結婚を維持する「才能」がある


 後半では、絵里子の目には好き勝手に生きてきたように映っていた母親にも、本当は彼女なりの苦悩があったことがわかってくる。また、萌からは、自分という女性がどんなふうに見えていたのかも。


「母娘の葛藤って、自分も子どもを持つ年齢になるとどんどん色彩が変わってきますよね。親になって初めてわかることもあるし、保護被保護の関係も恒久的ではない。常に一方の言い分が正しいって、ないですよね。萌も、絵里子や芙美子、周囲の女性たちからどんな影響を受けて、どんな母親になっていくんでしょう」


 結婚というものが、そもそも悲劇的なのだとは思わないが、しただけでなめらかに人生がバラ色に染まるわけはない。違う人格同士がひとつの家にいれば、わちゃわちゃと衝突があるのは当たり前だとは思ってほしい、と窪氏。


「運動神経のある人ない人、歌のうまい人ヘタな人がいるように、結婚も才能だと言った友人の占い師がいました。結婚を維持していく才能がある人とない人がいる。その真偽はわからないですが、ハッとしたんですね。そこから『結婚がうまくいく』とは何かと考えました。波風が立たなければうまくいっていると言えるのか、立った波風が収まることがそうなのか、波風を見過ごすことなのか。いくら考えても答えが出ないことが触媒になって、この小説の中に集約してみたふしはありますね」


 その結果、家族それぞれの道が分かれるとしても間違いではないし、ひとつの通過地点だったということでもいいのだという。


「もっと自由に、フレキシブルになっていいんじゃないという意味で、題名に『たおやかに』をつけました。絵里子自身が同調圧力の中にいて、自縄自縛に陥っていたから、そこから出してあげたかった」


 主婦は、妻は、母は、こうあるべき。“家事をし、家庭を守るのはお母さん”という呪縛は根強い。


「私自身にもあったし、でももういいじゃないかと。異性愛者との間に子どもが二人という家族が理想だみたいなことは、自分の小説の中では書きたくないです。時代とともに家族観は変わってきた。家族のかたちが柳みたいにしなっていいよね、形を自在に変えていいよねと思っています」


 窪氏が描いてきたのは常に「女性の選択」だ。しかも選んだ道を決して断罪しない。だから読者は、勇気づけられる。


【プロフィール】くぼ・みすみ/1965年東京生まれ。2009年「ミクマリ」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。2011年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、2012年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、2019年『トリニティ』で織田作之助賞を受賞。その他の著書に『よるのふくらみ』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『いるいないみらい』等。164cm、A型。


構成■三浦天紗子 撮影■黒石あみ


※週刊ポスト2020年4月3日号

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