「子どもに下の世話はさせたくない」と言っていた親の気が変わることも。それでも「家族の介護をやってはいけない」と介護のプロが断言する理由
2025年3月28日(金)12時30分 婦人公論.jp
介護のプロでもやらないこと(写真提供:Photo AC)
親を介護する際の課題は、「仕事」や「お金」だけだと思っていませんか?実は、もっとも大きな課題は「家族関係」なのです。親を思って介護サービス利用を勧めた結果けんかになったり、自分で介護しようと抱え込んでしまったり……。それまでうまくいっていた家族仲が、介護で険悪になってしまうことも少なくありません。親も子どもも無理せず幸せになれる「家族介護」はどうすればいいのか?外資コンサル会社から介護の世界へ。そして3000件以上の介護相談に乗ってきた川内潤さんの著書『親の介護の「やってはいけない」』より、一部を抜粋して紹介します。
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介護のプロでも、家族の介護は「やってはいけない」
私たち介護の専門職が介護に関わるとき、大切しなければならない基本的な姿勢の一つに、「クールヘッド、ウォームハート」というものがあります。
温かい心で高齢者の気持ちに寄り添うことは大事だけれど、頭のなかは常に冷静でなければならない、という意味です。
たとえば「お腹が痛い」と訴えている高齢の方がいらっしゃった場合、私たちは「痛いですか?それはどんな痛みですか?」と気遣いながら、その方の表情を冷静に観察します。
そして、それが病気による痛みなのか、そうではなくて感情からくるものなのか、それとも別に言いたいことがあるのかを探っていきます。
でも、私が自分の母親に介護が必要な状態になったとき、「クールヘッド、ウォームハート」でいられるかというと無理です。
冷静になって、「母親のお腹の痛みは、そのうちのどれかな?」なんて観察する余裕はないでしょう。
介護のプロでも家族の介護をやってはいけないと言われる理由は、そこにあります。なぜ、私は自分の母親に対して「クールヘッド、ウォームハート」でいられないのでしょうか。
それは、元気だった頃の母を私が知っているからです。そして、目の前のすっかり弱ってしまった母を見て、つらさが先に立ってしまうからなのです。
手を貸すことが、かえってマイナスになることも
私たち介護職は、ご高齢の方にもっとも自分らしくいてもらうために、一人の男性として、女性として、どんな方だったのかを知ることが大切です。
でも、自分の母親を前にすると、どうしても母親として見てしまい、一人の女性として見ることができなくなってしまうのです。
自分が見てきた母親は、本来のその人ではなかったかもしれませんよね。子どもから見た母親と、一人の女性としての母親は違うものだと、知識、経験、技術を持ってわかっているはずなのに、自分の親にはそれができないのです。
施設の利用者さんには、本当に穏やかに接することができても、家族となると取っちらかってしまう。
さらに始末が悪いことに、介護技術だけは持っています。ここは手助けをしないほうが本人のためになる。
そう頭ではわかっていても、目の前で親が動きづらそうにしているのを見れば、どうしてもかわいそうだと思ってしまうし、危ないことはさせたくないから、我慢できずに、つい手を貸してしまう。
結局、本人のできることを奪ってしまい、かえってマイナスになることもあります。そのうえ、介護の技術を持っていると、周囲から介護をやってくれるだろうと期待されてしまうことが、往々にしてあります。
親戚縁者に介護職や医療職の人が一人いると、「あの人は本職だから大丈夫」と安心して任せようとするんです。笑い話のようですが、医師でも看護師でもない医療事務のスタッフでさえ頼ってきます。
親戚縁者に身内の介護を丸投げされて介護職が介護離職をするというシャレにならない話は、いくらでもあります。
親に「介護してほしい」と言われたら
子どもがいくら距離を取ろうと思っても、子どもに直接介護してほしがる親もいます。
親の考え方には二つのパターンがあり、自分が両親や義父母の介護で大変な思いをしてきたからこそ、「自分の子どもには、同じ思いはさせたくない」「下の世話をさせたくないから、介護が必要になったら施設に入る」という親と、「これだけやってきたのだから、今度は私が面倒を見てもらうのが当然だ」と期待してしまう親がいます。
それは、きっとその方の不安の度合いによって、変わってくるのだろうと思います。
ただ、自分が元気でピンピンしているときには、「子どもに下の世話はさせたくない」と言っていた親でも、いざ介護が必要な状況に追い込まれると不安になって、「やっぱり、子どもに面倒を見てほしい」と心変わりしてしまうこともあります。
むしろ、そういうケースが多いかもしれません。そして、そういう親に対して、子どもが「いや、施設に入ってもらうよ」という気持ちでいるときに、問題が起こりがちです。
たしかに、昔は家族、特に長男のお嫁さんが中心となって、介護の大半を担っていました。
女性の多くは専業主婦でしたし、親戚づき合いも濃かったと思いますから、介護に関わることができる頭数も多かったでしょう。
加えて、医療も今ほど発達していませんから、介護に関わる期間も、そう長くはなかったと思います。
ところが世の中は変わり、寿命が延び、核家族化が進み、世は少子高齢化の時代です。介護する期間は格段に長くなっているにもかかわらず、直接関われる家族の人数は逆に減っています。
子供に介護してほしい親も(写真提供:Photo AC)
親の考え方を変えることはできません
そんな時代になったのですから、本来は、親も「子どもに面倒を見てもらうのは当然」という意識を変えなければいけないはずなのに、そこはアップデートされていないのが実情です。
そういう親に対して、「母さん、今は時代が違うんだから」などと正論で説得しようとしても、トラブルのもとになるだけです。むしろ、その考え方は「今さら変わらないよな」と諦めたほうがいいでしょう。
そのうえで、「子どもの受験で、今は難しいから」「大きな仕事を抱えていて、忙しい時期だから」などとコミュニケーションスキルを駆使して、やんわりと断るのが得策だと思います。
厄介なのは、介護する子ども側の意識もアップデートされていない場合です。
日本人はつくづく親の意見を尊重する国民だなぁと思うのですが、母親に「あなたが一緒に住んでくれたら、私もやっていけるような気がするの」と言われると、それを聞いた瞬間、「お母さんがそう言うなら、一緒にいてあげよう」という気持ちになってしまうのです。
でも、冷静に考えると、そんなことはありませんよね。母親は多分いろいろなことが不安になって、それをぶつけるところがなくて、いちばん言いやすい息子なり娘にぶつけているだけなんです。
でも、一緒にいたところで、できないことはどんどん増えていきますから、不安は少しも解消されません。
そのときに、「お母さんはそうやって気持ちを発散しているんだろうから、言わせてあげよう」と思えるかどうか。
親の考え方を変えることはできませんから、子どもがすぐに同調せず、冷静でいることが大事なのだろうと思います。
※本稿は『親の介護の「やってはいけない」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
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