<在庫がないから他の薬に変更を>なぜ全医薬品の2割前後が入手しづらい状況に?医師「国内製薬企業は薬価引き下げに苦しみ、海外企業も日本向けの開発に積極的になれず…」
2025年3月28日(金)6時30分 婦人公論.jp
(イメージ写真:stock.adobe.com)
世界的に高く評価されている日本の医師制度。しかし、OECDの医療統計によると、人口1000人あたりの医師数は、日本は2.6人。OECD37か国の平均である3.7人を大きく下回ります。日本国内では近年、医師不足や診療科の偏在、医学部受験の加熱など、さまざまな問題が表面化してきました。そのようななか、千葉大学医学部在学中に国家公務員総合職採用試験に合格し、現在は慶應義塾大学医学部特任助教でもある、医師の木下翔太郎さんは日本の医療の現在地をさまざまなデータから俯瞰。いびつな構造を指摘します。そこで今回は、木下さんの著書『現代日本の医療問題』から、一部引用、再編集してお届けします。
繰り返された薬価のルール変更
近年、急速に生じている問題として、医薬品の供給不足の問題があります。
前述のように、日本では医療費の伸びを抑える必要があることから、その一環として、医薬品にかかる費用(薬剤費)を抑えるため、定期的に個々の薬の価格(薬価)を引き下げ、薬剤費全体が伸びないようにするという政策がこれまでとられてきました。
特に2018年度に薬価制度の抜本改革として、それまで診療報酬改定と合わせて2年に1度だった薬価の見直し(薬価改定)を、診療報酬改定のない年にも「中間年改定」をすることにして薬価改定を毎年行うことにするなど、薬価のルールの変更を繰り返してきました。
こうした結果として、新しい高額な医薬品が登場してきた中でも、既存の薬の薬価を下げるなどして、薬剤費全体は10兆円を超えないように近年推移してきました。例えば2025年度の薬価引き下げでは全体で2500億円の削減となっていました※1 。
これは、医療費抑制の観点ではうまくいっているように見えますが、他方で、製薬会社側の利益を減らすという形で負担を強いてきたことになります。
企業はコストカットで対応
医薬品は、医療で使う・必要とするものであり、供給できないことは社会的信用の低下に繋がることから、製薬会社としても、「儲からないからもう売りません」とは言い難い構造があります。
『現代日本の医療問題』 (著:木下翔太郎/星海社新書)
そのため、繰り返される薬価引き下げに対して、コストカットなどで対応してきました。そうした結果、重要な「品質」「安全性」が軽視される結果となり、2020年以降、ジェネリック医薬品メーカーで品質不正が多数発覚する事態となりました。
特に、製薬会社「小林化工」が製造していた水虫の薬に睡眠薬の成分が混入した事例では、健康被害や交通事故が多数報告されたこともあり大きな批判を呼び※2 、同社は2021年に行政処分を受けています。
その他にも複数社が業務停止命令などを受けた結果、医薬品の供給が滞るようになり、医療現場で医薬品が使えなくなるという事態が生じるようになりました。
もちろん品質不正を行っていた製薬企業には問題があるのですが、そのような事態になった背景として、繰り返された薬価引き下げの結果、現場での行き過ぎたコストカット・安全軽視に繋がってしまったと考えられています。
世界的に医薬品供給不足
加えて、同時期から、原材料価格の高騰などの状況もあり、世界的に医薬品供給不足が問題となっていました。そうした状況も重なり、国内での医薬品供給が安定しない状況が続いています。
日本製薬団体連合会の調査では2024年の年間を通して全医薬品の2割前後の約3000品目が「限定出荷」「供給停止」など入手しづらい状況が続いていることが報告されています※3 。
筆者も医師として外来をやっている中で、「**薬の在庫がないので、他の薬に変更してもらえませんか」と薬局から連絡が来る機会をここ数年で度々経験するようになっています。このような状況を招いた薬価制度のあり方について、日本製薬工業協会(製薬協)などが見直しを求めていました※4 。
また、こうした流れを受け、国民民主党と立憲民主党は薬価改定を2年に1度に戻すことを盛り込んだ議員立法を提出するなどの動きもみられていました※5 。
ドラッグラグが表面化
さらに、製薬協は、こうした薬価引き下げが続くことにより、国内の製薬企業が苦しむだけでなく、ドラッグラグ・ドラッグロスが表面化していることについても問題提起しています。
ドラッグラグとは、海外で承認された薬が日本で承認されて使えるようになるまで時間がかかること、ドラッグロスとは、海外で承認された薬が日本で開発・導入されず、使えないという状況のことです。
これはどういうことかというと、日本の薬価が低いことや将来的に引き下げられる見込みが高いことなどから、海外の製薬企業からすると日本向けに開発・販売したとしても相応の売り上げが見込めないため、日本向けの開発や販売に積極的になれない、あるいは全くしない事態が生じるということです※4 。
製薬協の調査によれば、2024年3月時点で、欧米で承認されている135品目の医薬品が、ドラッグラグ・ドラッグロス状態となっていたことが報告されています※6 。
※1 日経新聞、『薬価改定で医療費2500億円削減 特許切れ薬で下げ多く』https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA191NS0Z11C24A2000000/
※2朝日新聞、『水虫薬の誤混入、健康被害113件に 交通事故も14件』
https://www.asahi.com/articles/ASNDB6D4NNDBPTIL017.html
※3 日本製薬団体連合会、『医薬品供給状況にかかる調査結果』http://www.fpmaj.gr.jp/medical-info/results-of-survey/
※4 日本製薬工業協会、『製薬協 政策提言 2023』https://www.jpma.or.jp/vision/industry_vision2023/jtrngf0000001dg5-att/01.pdf
※5 日本経済新聞、『立民、国民民主が薬価制度法案を提出 毎年改定を廃止に』https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA206QW0Q4A221C2000000/
※6 PHARMA JAPAN, “135 Meds Still in Lag/Loss State in Japan, JPMA Task Force Revving Up Fight”https://pj.jiho.jp/article/251105/
※本稿は、『現代日本の医療問題』(星海社)の一部を再編集したものです。
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