片岡愛之助や坂東玉三郎も…梨園出身でない役者たちの歩む、花形役者への道

2024年3月29日(金)8時0分 JBpress

歌舞伎座四月大歌舞伎で「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」(4月2日〜26日、※休演・貸切日あり)に主演するのは、片岡愛之助(52歳)。「半沢直樹」などのテレビドラマでも知られ、妻の藤原紀香(52歳)とともに有名タレントでもある片岡愛之助は、歌舞伎俳優の家系「梨園」の出身ではありません。歌舞伎俳優約700人のうち、一般の家庭に生まれた国立劇場の研修生出身は3分の1にものぼるといいます。通に聞く、梨園出身とそうでない役者たちの違いから、歌舞伎とは何か、も見えてきます。

文=新田由紀子 写真=PIXTA


梨園出身の圧倒的なアドバンテージ

 歌舞伎役者は、代々続く家の御曹司がなると思われがちだが、歌舞伎役者として最も知られている一人の愛之助も、女形の頂点・坂東玉三郎(73歳)も、実は一般家庭に生まれている。歌舞伎の家に生まれなくても花形役者になる道はあるというわけだ。

 歌舞伎を観続けて40年の岡村明子さんは、歌舞伎の名家に生まれた御曹司たちは、圧倒的なアドバンテージを持っているという。

「彼らは、子どものころ『おとうちゃまのようなカブキヤクシャになりたい』と言って芝居ごっこばかりしていた、といいます」

 一流のプロの姿を見て育つ。さらに、小さいうちから舞台に出て、場数を踏む。発表会などではなく、プロとして舞台に立ち続ける。親の後押しを受けて、いい役にもつける。

「まだ後ろに並ぶ家来役の時から、いずれは自分が真ん中で主役をやるんだ、という自覚を持って、舞台に立ち続けるわけです。幕だまり(劇場の上手・下手の引き幕をためておく場所)や照明の横から、公演期間の毎日、必死に舞台を見ているようです。

 他の演劇のようにオーディションで役をつかんだりするのではなく、役を見据えて育っていくという特殊な世界なんですね」


歌舞伎好きを見込まれた「部屋子」というルート

 片岡愛之助は、子役の舞台を認められて、十三代目片岡仁左衛門(1903〜1994)の部屋子(へやご)になり、そののち片岡秀太郎(1941〜2021)の養子になった。今や、誰もが知る関西歌舞伎の看板役者で、今年4月に上演される演目である「夏祭浪花鑑」で、令和5年度の芸術選奨も受賞している。

 同じ「夏祭浪花鑑」に出演する中村莟玉(かんぎょく 27歳)は、編集者の両親に連れていかれて歌舞伎が大好きになったという。幕間にロビーで『切られ与三郎』(「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の主人公)の真似をしていて、日舞の師匠に声を掛けられたのが小学校1年生の時。そこから、中村梅玉(77歳)に紹介されて初舞台を踏み、部屋子となって修行を重ね、いくつもの役をつとめている。

「愛之助も莟玉もたどった“部屋子”とは、見込みがあって幹部になって行く可能性があるとして特別な教育を受ける立場ということです。子役の時から幹部俳優と鏡台を並べさせてもらえる。楽屋での行儀から舞台での芸など、さまざまなことを仕込まれます」

 歌舞伎の子役は、操り人形の動きを取り入れたといわれる独特のしぐさやせりふで舞台に登場する。子役に限っては、男の子だけでなく女の子も舞台に立てる。歌舞伎の家の子女だけでなく、子役専門の劇団や松竹が主宰する「こども歌舞伎スクール寺子屋」からも出演している。

「“演技がうまくて泣かせる”とかではなくて、芝居を壊さないうまい子役というのがいるんです。そんななかから、本当に歌舞伎が好き、というところを見込まれて、部屋子になっているようです」

「部屋子」出身の主な歌舞伎役者たち

[澤瀉屋一門]

市川右團次(60歳)、市川笑三郎(えみさぶろう 53歳)、市川笑也(えみや 64歳)、市川猿弥(えんや 56歳)、市川青虎(せいこ 40歳)

[成田屋一門]

市川福太郎(22歳)、市川福之助(18歳)

[菊五郎劇団]

尾上菊市郎(55歳)、尾上菊史郎(51歳)

[松嶋屋関係]

片岡愛之助、片岡愛三朗(20歳)、片岡千太郎(17歳)、上村吉太朗(23歳)

[その他]

坂東玉三郎、澤村宗之助(51歳)、中村吉之丞(57歳)、中村鶴松(29歳)、中村祥馬(21歳)

 新宿・東急歌舞伎町タワーのTHEATER MILANO-Zaで5月に初開催される、歌舞伎町大歌舞伎の「正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさづり)」(5月3日〜26日、※休演・貸切日あり)で舞鶴役をつとめるのは、中村鶴松。

 鶴松がオーディションを受けて歌舞伎の初舞台を踏んだのは5歳の時で、ほとんど覚えていないながら歌舞伎にハマってしまったと語っている。早くから師匠の中村勘三郎(1955〜2012)に「うちの子になってよ」と声をかけられ、小学5年生の時に部屋子になった。

 勘三郎没後も、中村勘九郎(42歳)七之助(40歳)兄弟の率いる中村屋一門がさまざまな形で公演を行う中で、主役に挑戦する機会も得ている。

「莟玉と鶴松は、いい役もついてきて、それぞれの家から応援されているのを感じます。きれいな若女形として注目されたふたりが、今後どういう役を見せてくれるかですね」


国立劇場の養成所出身者がスーパー歌舞伎で活躍

 国立劇場の伝統芸能伝承者養成所は、1970年に開かれて以来、たくさんの歌舞伎役者の卵を育ててきた。

 研修生になると、全日制で2年間学ぶことになる。歌舞伎実技・日本舞踊・長唄・義太夫から、立ち廻り・とんぼ(とんぼ返り、バク宙)・化粧・衣装などに至るまでみっちり学んだのちに、幹部俳優に入門し、歌舞伎俳優として出演することになる。

「実は研修生が、講師たちよりいい車に乗って来ているなんていう話も聞きます。養成所を出ても役者としてやっていけるかどうかは未知数だから、裕福な家庭の子どもが多いというわけですね。

 研修所出身の市川笑也が、スーパー歌舞伎第2作『オグリ』(1991年)で当時の猿之助(二代目市川猿翁2023年没)の相手役として異例の抜擢をされたときは驚きました。ちなみに笑也の実家も大きな会社を経営しているようです」

 澤瀉屋一門は、市川猿翁が「二十一世紀歌舞伎組」と名付けて若手出演の機会を設けた。若手たちは大きな役を得て舞台に立つ機会が多くなり、ほかの部屋子とはまた違う道筋で、古典から新作まで幅広く活躍できた。

「とはいっても、歌舞伎は封建的で因習のかたまりのような世界ではあり、梨園出身でない役者たちは、一般社会では完全アウトなパワハラや嫌がらせにさらされてもきています。それでも、彼らは歯をくいしばって腕をみがいて戦ってきた。また、梨園のほうでも、新しい才能を入れていきたいということですね」

 しかし、歌舞伎の家に生まれたら、なんといっても有利だ。

「小さいときから歌舞伎に触れる時間が圧倒的に長いということ。それは、演技やせりふだけではない。履物のつっかけかただったり、衣裳の裾裁きだったり、小道具の扱いだったり、ちょっとした立ち居振る舞いに出てくるんです」

 歌舞伎の世界を壊すような一瞬が見えたら、観客は一気に興ざめしてしまう。

「粋、たたずまい、雰囲気。その舞台の中にしっくりとはまっているかどうか。これはもう、一朝一夕でできるものではなく、やはり、小さいころからの恵まれた環境がものをいうんですね」

 それでも、そこに生まれなくても、歌舞伎に取りつかれる少年たちはいる。あるものは部屋子となり、あるものは国立劇場の研修所で朝から晩まで叩き込まれて、その後も必死に努力していくしかない。


テレビ界を制した俳優が舞台に立ったら

「映像の世界であれだけ名演技を見せていた香川照之(58歳)が、市川中車を襲名していきなり歌舞伎役者となったらどうなるのか、興味津々でした。歌舞伎の修業をしていないといっても、名優・猿翁の息子で、DNAとしては申し分ないわけですし。

 しかし正直なところ、初舞台(2011年)は脇にいる研修所出身の若手たちに比べても、違和感がありました。昔から歌舞伎を観ている長唄の師匠は、『“板につく”っていうでしょ。歌舞伎座の板張りの舞台、歩くのもただ立ってるのも、そんな簡単なもんじゃないのよ』と言ってましたね。

 新作やスーパー歌舞伎はともかく、古典の演目は、なかなか難しいようです。苦労している様子を見るにつけ、歌舞伎は魔界だと思います」

※情報は記事公開時点(2024年3月29日現在)。

筆者:新田 由紀子

JBpress

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