『薬屋のひとりごと』架空の国の後宮を舞台に、薬師の拗らせ女子が次々と謎を解き明かす極上のミステリー
2025年4月4日(金)6時0分 JBpress
(文星芸術大学非常勤講師:石川展光)
メディアミックスならではの魅力
『薬屋のひとりごと』は日向夏によるライトノベルを原作として、主なキャラクター原案をしのとうこが担当し、ねこクラゲ(月刊ビッグガンガン:既刊14巻)と倉田三ノ路(月刊サンデーGX:既刊19巻)の作画によるコミカライズが出版されている。2023年には日本テレビ系列でアニメ化(TOHO animation STUDIO/OLM)されており、本年の1月から第2期も放映された話題作である。原作の小説はRayBooksとヒーロー文庫で刊行されている。
まず漫画作品が2つあることが驚きである。2作品の違いを一言で表現するなら『ビッグガンガン』版はラブコメ寄り、『サンデーGX』版はミステリー寄りの作風となっている。視点や構成に若干の差はあるが、原作は同じなので内容に大きな違いはない。アニメ版は双方の良いとこ取りのようなコンテンツになっている。原作のラノベ、2種類の漫画版、そしてアニメと、メディアミックスならではの楽しみ方が出来る作品である。
主な舞台は架空の国「茘(リー)」の後宮、つまり皇帝専用のハーレムである。薬師である主人公の猫猫(マオマオ)が、宦官の壬氏(ジンシ)と共に優れた観察眼と薬学の知識を駆使して、オムニバス形式で謎を解決していくのが物語の本筋だ。
ラノベによくある西洋風の設定ではなく、中華風というところがミソである。物語やキャラクターたちの設定上、これは必然的なものなのだが、ここでも原作者の実力が窺える。相当の知識と創作力がなければ、この物語は成し得なかったはずだ。
探偵役にあたる猫猫は、超常現象を科学的に解明したり、媚薬(チョコレート)を創作したり、脱出ゲームに挑んだりと、次々と難題を解決していく。本作は読者が一緒に謎解きをするというより、「へーそうなんだ」というトリビアルな知識を楽しむ要素が大きい。また基本的には勧善懲悪のケースが多いので、敵役が懲らしめられる爽快感も十分にある。とはいえ本作の魅力は、この「ミステリー」の他に「群像劇」と「ラブコメ」という要素が重なって、さらにそれらが密接に絡み合う点にある。
本作の舞台となっているのは「花街」と「後宮」という似て非なる場所である。プライドと命を賭けた女たちの戦い、皇帝の世継ぎをめぐる権謀術数、そして主人公たちの複雑すぎる人間関係と血縁関係など、長編ドラマのような展開も非常に見応えがある。
クセの強い登場人物たちのバックグラウンドも丁寧に設定されており、これもまた大きなミステリー要素として描かれている。巻数を重ねるたびにそれらの真相が明らかになるのだが、これがひとつの優れた「群像劇」として楽しむことができる。
拗らせ喪女と拗らせ美男のラブコメ要素
先述の通り主人公の猫猫は、花街出身であり、痩せぎすでそばかす顔、おまけに貧乳である。複雑な出自の影響もあるせいか、世の中を斜めから見るスレた性格で、理想も夢も追わない超現実主義者である。めったに笑顔を見せず、極度の毒マニアで自らの身体を実験台に使うなど、かなり屈折した少女として描かれている。
十代にして既に「恋か、そんな感情はきっと何処かへ置いてきてしまった」と俯いたりもするのだが、猫猫がなぜ喪女(恋愛経験がない女性)になってしまったのか、その核心はまだ描かれていない。
この屈折少女の相手となる男性が、傾国の美女ならぬ美青年、壬氏である。後宮では向かうところ敵なしの色男ぶりを発揮するが、なぜか猫猫は彼になびかない。それどころか、毛虫でも見るような嫌悪感さえ示すのだ。初めのうち壬氏はこの態度を面白がり、からかい半分で猫猫にまとわりつくのだが、段々とそれが本気の恋に変わっていくのである。このグラデーションの描き方が非常に巧い。壬氏は時に駄々っ子のように、時には王子様のように、また時には強引な男として猫猫に接触する。これらの胸キュン描写は読者の乙女心を鷲掴みにすること請け合いだ。
恋愛不感症のオタク女子と、イチモツを持たない美男子。全く噛み合いそうにない二人に進展は望めないと考えるのは当然である。この拗れまくりな二人の関係性が、ジリジリと接近していく展開はラブコメ好きには堪らないだろう。
この「ニブい気質の主人公に、超絶美形がぐいぐいアプローチしてくる」という構図は、ラノベ界隈では最早定石であるが、本作ほどコレを上手く使っている作品も珍しい。
このように本作は「ミステリー」「群像劇」「ラブコメ」という3つの要素が重奏的な調和をもって成立している。どの点においても独創的であり、一筋縄ではいかないレベルの高さを誇っている。
これを小説で読むか、漫画で読むか、アニメで観るか。楽しみ方も多重構造である。あらゆる意味で超マルチなこの話題作を見逃す手はない。お好みのメディアで是非ご堪能あれ。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)
筆者:石川 展光