【著者に訊け】タイム涼介氏『セブンティウイザン』

4月6日(木)7時0分 NEWSポストセブン

タイム涼介氏が『セブンティウイザン』を語る

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【著者に訊け】タイム涼介氏/『セブンティウイザン』1巻/新潮社/580円+税


 セブンティーンならまだしも、セブンティである。その日、無事定年を迎えた〈江月朝一〉65歳は、パート先で体調を崩して検査を受けた妻〈夕子〉70歳から、驚くべき告白を受ける。〈妊娠しました〉〈病気じゃなくて妊娠3ヵ月です〉


 現在、WEBマンガサイト「くらげバンチ」で連載中の『セブンティウイザン』は、そんな超高齢出産に揺れる老夫婦の奮闘を描く。実はタイム涼介氏自身、3年前に待望の第1子を授かった40歳の新米パパである。


「漫画家生活が長く、運動不足なので、運動会を乗り切る体力もないし、父親としては65歳の朝一と何も変わらないんです(苦笑)」。


 70歳の初産という設定がかえって普遍性を宿すのか、連載早々大反響を呼ぶ本作では、命や生に対する揺るぎない肯定感が印象的だ。1つの命が誕生する奇蹟や、自分が今、生きてあることの喜びを、彼らは誰よりも知る65歳と70歳なのだから。


 インドでは現に70歳での出産例が報告されている。夕子には今も時々不正出血があるらしく、夫婦生活もごくたまに営んではおり、朝一も心当たりはなくもなかった。とはいえなぜ今さら自分たちに? と、彼が戸惑うのも無理はない。


「元々は、自分と距離のある話にしたくて、夕子を70歳に設定したんです。でもまあ人間、幾つになっても初めてのことにはオロオロしますよね。その一方で健康食品のCMとかに出てくる熟年層の精力的な感じを見ると、そう現実離れした設定でもないのかなって思います」


 絵的にも細部を描き過ぎないよう、読者が入り込める余白を意識したという。


「例えば『日直番長』(1997〜1998年)の頃は、単純にヘタだったんですよ(笑い)。その後は僕なりにうまくなろうとはして、『I.C.U.』(2011〜2013年)みたいな緻密な絵も書けるようになったぶん、今回は引き算に徹しました。誰でもない誰かのドラマに誰もが思い出を重ねやすいよう、一度描いた線をわざわざ消したり、妙な作業が結構ありました(笑い)」


 その甲斐あってほんわか、温かな空気の漂う本作では、夫婦が愛犬の〈オードリー〉共々大切に紡いできた時間が、妊娠劇と並行して綴られる。


 出会いはロッキード事件や猪木対アリ戦が耳目を集めた40年前。見合いの席に現われた30歳の夕子はなぜまだ独身なのかと思うほど美しく、別れ際、〈こっ今度レモンスカッシュでも飲みに行きませんか!〉と声をかけて本当によかったと朝一は思う。〈何もない私の人生だからその私を支えてきた妻はさぞつまらなかったことだろう〉〈退職したら夕子を連れてたくさん旅行しようと決めていた〉〈恩返しが遅すぎたのだろうか…〉


 そんな矢先の妊娠宣言だ。夕子は心配する朝一をよそに〈産まなくてもどのみち死ぬわよ!〉と言い放ち、せめて出生前診断だけはと勧めても、〈短足で〉〈ハゲで〉〈短小包茎早漏で〉〈近眼で足が臭い〉〈知ってたらあんたなんて産まれてこれなかったわよ!〉と一蹴。


〈それでも私は産むんです…そんなあなたと結婚したんだから〉と言うのだから〈母はつよし〉、そして朝一も煙草をやめ、妻の不安を陰ながら支えるなど、〈父も…ときどきつよし〉である。


◆苦労することはそんなに悪くない


「出産は繊細なテーマですが、さすがに70歳の話だと、皆さん寛容になれるみたいです。親の健康状態、経済状態が万全でなくても産む決意をするかなど、どう判断するかは人それぞれです。でも苦労ってそんなに悪いものかなって、僕は思っています。


 確かに朝一たちが子供と過ごせる時間は人より短い。でも病気や戦争で誰もが長生きできなかった時代、だから子供は作らない、とは考えなかったと思うんです。むしろ人はいつか死ぬからこそ、命のリレーができれば御の字なんじゃないか、親がいなかったり苦労することは生まれてこないことより本当に不幸なのかって、昔は『日直』みたいなチンチン丸出しのギャグ漫画を書いていた僕ですら、真剣に考えずにいられなくて」


 老犬オードリーを看取り、入れ替わるように生まれた娘に〈みらい〉と名付けた夫婦には、失った命も新しい命も同じように愛おしい。朝一が定年後に娘を授かったことは、むしろ幸運だっただろうとタイム氏は言う。


「実は僕自身は娘が生まれた当初は連載が全然なくて、まさに定年状態だったんですよ。ただ、今はやせ我慢しても育児に専念した方がいいんじゃないか、作家としても親としても、『これを見ないで何を見るんだ』みたいな気持ちです。そうしたくてもできないお父さんも大勢いる中で、自分はラッキーだなと思う。


 幸い夕子の場合は設定上70年分の時代を描けるので、育児は全て母親任せだった戦前の父親像とか、今は夫婦で子供を育てるようになったこの変化は何なのかということも、後々描いていきたい。もちろん答えではなく、エピソードで、ですけど」


 特に夕子が出産前にわが子へのメッセージをビデオに託すシーンは涙なくして読めず、誰もが寄り添える寓話的空間に横溢する生への全幅の信頼は、彼の作品に一貫したものだ。本人が何と言おうと、この作家は優しく、愛が無類に大きい。


【プロフィール】たいむ・りょうすけ/1976年横浜生まれ。高校在学中の1995年、ヤングマガジン月間新人漫画賞に入選しデビュー。主な作品に『日直番長』『あしたの弱音』『アベックパンチ』『I.C.U.』等。近年は映像作家としても活動、本作第2巻は今年5月刊行予定。筆名は「ちょっとタイム、みたいなことでつけたんだっけ……? 何しろつけたのは高校の時ですし、今までと作風が大きく変わったので、これを機に改名したかったくらいです!」。173cm、55kg、O型。


構成■橋本紀子 撮影■国府田利光


※週刊ポスト2017年4月14日号

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