【中学受験】プロが選ぶ「良問」とは…過剰な難化から受験生を救え

2024年4月8日(月)13時45分 リセマム

【中学受験】算数から読み解く最新動向…プロが選ぶ「良問」とは

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世界中の子どもから「知的なわくわく」を引き出すための教材やコンテンツを開発・運営しているワンダーファイ。同社は、2017年から「良問大賞」と銘打ち、その年の中学入試の算数において出題された問題から「良問」を選出する取組みを行っている。コロナ禍を明けた今もなお、高受験率を記録する中学受験界隈において、長年出題傾向を分析してきた同社の取組みは意義深い。

 2024年度の中学入試がひと段落した2024年2月29日、出題傾向の変遷や受験構造の変化について、ワンダーファイ代表の川島慶氏に話を聞いた。

「誠実な難問」に送る「良問大賞」
 冒頭、川島氏は「日本は算数・数学大国」と話し、「入試問題そのものが、世界と比較しても重要な文化だと言って良いほどの美しさをもっている」とキラキラした眼差しで話した。

 「日本における算数の問題に他の国にはない信念を感じます。江戸時代には、数学書『塵劫記(じんこうき)』がベストセラーになったり、同じく江戸時代に問題と答えだけ書かれ、解き方について語り合う『算額』という遊びが士農工商の身分を問わず流行したり、昔から日本には豊かな算数の土壌がありました」(川島氏)

 とりわけ中学受験の算数では、かねてから鶴亀算をはじめ日本的な算数の土壌を生かした出題もされてきた。ただ、中学受験熱が高騰するにつれ、重箱の隅をつついたり、奇をてらったりするような問題が出題されるようになったのも、悲しいかな事実だ。そんな中、「中学受験の是非を問うのではなく、中学入試の出題を通して、算数の奥深さや楽しさを伝えたい」として、2017年から発表している「良問大賞」の目的を語った。

 2024年度の中学入試における算数の出題について、「誠実な難問が増えた」と評価した。この傾向はここ10年ほど継続していると言う。川島氏の言う「誠実な難問」とは、「一見、似たような問題や設定を見たことがないものの、本質を正しく理解できていれば基本的な知識をもとに試行錯誤することで自然に解けるような問題」のことを指す。受験生を惑わせるような奇問ではなく、正当な厳しさをもっているかどうかが条件になる。

 2024年度は、開成中学校の大問1が「ベスト新問題形式賞」、普連土学園中学校の大問6が「ベスト誘導賞」、東大寺学園中学校の大問5が「ベストパズル賞」、栄光学園中学校の大問3が「ベストすべてこたえなさい賞」をそれぞれ受賞した。

トップ校の問題は模倣される?
 川島氏は、学校によって出題傾向が異なることを指摘し「出題傾向によって学校がどのような生徒がほしいのかという、学校のポリシーがわかる」と紹介する。

 校風に同じく「うちはうち」といった独自路線を貫く麻布、武蔵。文章量が多く、難しい問題や目新しい問題、難解な計算問題もあり、ストイックな雰囲気の桜蔭。女子学院、豊島岡、フェリスは安定して良問が多い印象だと言う。

 中学入試の構造として、トップ校において出題された問題は、追随する併願校でも似た形式の問題が出題される傾向にあると川島氏は話す。たとえば、開成の併願校にあたる学校は、開成を志望する優秀層を獲得するために開成の試験対策で自校の入試対策もまかなえるよう、似たような構造の問題を出すことになる。

 インターネットの普及も、他校での類似問題の出題を助長していると話す。「過去問がインターネットを通じて誰でも入手できるようになりました。出題側の学校や塾、そして私たちのような問題研究の企業も、総出で過去問研究に取り組むようになったことで、似たような構造の問題が増えたのだと思います」

 川島氏は、中学受験の危うさの1つは「目新しい問題とパターン化のループ構造にある」と指摘する。「トップ校が目新しい問題を出すと、中学受験塾をはじめ、問題を研究し、解き方をパターン化させて受験生に教えます。パターン化された問題を機械的に解くだけの子と、自ら考える力を持ち合わせている子を選抜するために、トップ校はまた目新しい問題を出す…といったループが生まれます。こうしてどんどん問題が難化し、受験生の学習の負担が増えてしまうのです」

危ぶまれる、中学受験における競技性の高まり
 川島氏はこの状態を「中学受験の競技性の高まり」と表現した。中学受験で「競技性」が高まってしまう背景について、川島氏は3つ紹介した。

 1つ目は、中学入試の出題範囲の狭さにある。出題範囲が広く、ベクトルや微分といった抽象的な概念についても扱う大学入試とは対照的に、中学入試は、扱う教科・科目などが限られており、その狭い範囲の中で問題を出題し、受験生の選抜を行わざるを得ない。大学入試では問題のバリエーションが生まれやすく、極端な難化はしにくい一方で、中学入試は範囲が狭い分、差別化するために問題が難しくなりやすい。

 2つ目は、受験生の年齢だ。大学入試は受験生本人が予備校への通塾や、学習・睡眠時間などの生活のコントロールなど、自分自身の裁量で決められる一方で、中学受験生は小学6年生の子供であり、受験における判断も本人ではなく、周りの大人に委ねられることが多い。学校を休ませて受験のための勉強をさせたり、必要以上に塾のオプション講座を受講したり、問題集を買い集めたりと、大人次第でどこまででも追い込めてしまう。本人の意志とは関係なく、物事が進むこともあり、歯止めが掛かりにくい構造になっている。

 3つ目は、AIなどのテクノロジーの普及。囲碁や将棋で話題になっているように、テクノロジーの力を借りることで新しい技術や戦術が生まれたり、インターネットを介して、それが共有されたりという動きが強まっている。この傾向は中学受験においても顕著であり、目新しい問題とパターン化のループをさらに加速させる可能性がある。

「誠実な難問」で中学受験の競技化に歯止めを
 中学受験の競技化を阻止するために必要なのが、まさに川島氏の「誠実な難問」という視点だろう。

 「開成だけではなく、灘をはじめとしたトップ校の問題は併願校でも似た形式の問題が出題される傾向にあり、それが目新しい問題とパターン化のループを引き起こしているのも否定できません。たとえば鶴亀算の問題は、中学生以降の履修範囲である方程式を理解しさえすれば解答しやすくなるため、小学生の時分で方程式を先取りして学習し、入試で使って解答する受験生も少なくありません。2012年には開成で、ツルとカメにトンボを加え、変数を3つにした問題が出題されましたが、これを解答するにあたっても方程式を理解していることが有利に働いたと考えられます。

 このような問題のアレンジは、暗に先取り学習や過剰な受験勉強を促すことになりかねません。そうではなく、解き方の本質的な理解を促すきっかけを与えてくれるような『誠実な難問』こそが出題されるべきものと言えるでしょう」(川島氏)

受験生の力を正しく測る出題とは
 「学校側は『こんな子がほしい』という意思表明のために問題を作っています。公式を丸暗記するのではなく、未知の課題にも意欲をもって取り組めるような学習をするからこそ解けるような『誠実な難問』を出してほしい」と川島氏は話す。

 それと同時に川島氏は「学校側は、受験生の負担が過剰に増えてしまうことのないよう、学習範囲を考慮した出題をするべき」と提言する。2024年度「ベストすべてこたえなさい賞」を受賞した栄光学園の問題を例にあげ、望ましい出題の一例を示した。

 2024年度の栄光学園の算数 大問3で出題されたのは「足してもかけても同じ数字になる式を書けるだけ書いてください」という問題。「書けるだけ書く」という出題形式により、難度の高い知識や計算を必要とせずとも、受験生個人の試行錯誤する力を測ることができるようになっている点が評価できると、川島氏は言う。2+2=4、2×2=4とだけ解答する子もいるだろうし、思考を深められる子であれば1+1+2+2+2=8、1×1×2×2×2=8まで答えることもできるだろう。川島氏は「このように学習範囲や学習量を増やさずに、子供たちの学びを深められるような問題を出す学校が増えれば、中学受験の競技性の増加を防げるのではないか」とし、入試問題の出題を通じた課題解決の1つの方法を示した。

算数大国の日本だからこそ実現できる、豊かな中学受験
 最後に、川島氏は中学受験の望ましいあり方について語った。受験生にとって負担が少なくなるような多様な入試問題および出題の仕方を学校側に期待すると同時に、偏差値に限らず良い学校を見つけようとする最近の保護者の動きにも期待していると川島氏は話す。

 難度の高い問題を出題している学校=わが子に合う学校とは限らない。言わずもがな、難しい中学入試を突破したからといって、そこが人生のピークでもない。知識の難易度だけを指標にするのではなく、算数の問題を解くことを通じて、未知の課題にも意欲をもって向き合うことのできる力を養えるような経験ができたら、それは素晴らしいことだ。せっかく豊かな算数の土壌を蓄える日本なのだからこそ、知的なワクワクを失わずに「考えることが楽しい」と思い続けられる中学受験を経験してほしい。


 「毎年、良問大賞の選考時期になると、難しい中学受験の問題を解きながら、私個人的にわくわくする一方で、受験生は不安な気持ちになっているのではないかと心配になることがあります」と川島氏。中学受験における情報の過熱化、出題の過度な難化に歯止めを掛け、当事者である子供たちが、等身大の頑張りを通じて挑むことのできる健全な挑戦の場であってほしいと願ってやまない。

リセマム

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