Aさんの急死で清原和博氏がいよいよヤバイ——。血糖値は即入院レベル、依存症治療も放棄

4月13日(木)9時0分 tocana

※イメージ画像:『清原和博 番長伝説 1985~2008『FRIDAY』が追い続けた24年間』(講談社)

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「いよいよ、ヤバイ状況になってきた」

 そうこぼすのは、芸能関係者だ。2016年6月に覚醒剤取締法違反で懲役2年6月(執行猶予4年)の有罪判決が確定した元プロ野球選手の清原和博氏が失意のドン底にいる。「後見人」「弟分」と呼ばれた男性Aさん(43)が4月8日に都内で“謎の死”を遂げたのだ。

 Aさんは東京・六本木で飲食店を経営。16年3月に清原氏が保釈された際は、自ら車で出迎え、千葉の病院まで送り届けた。病院に集まった報道陣に焼肉弁当をふるまったのも、同氏だった。前出関係者によれば「Aさんは清原の大ファンで、逮捕前はプライベートの運転手も務めていた。清原の面倒を見ていたのはAさんで、一緒にゴルフや国内旅行に出掛けていた。逮捕後、それまで親しかった人が清原の元を離れていくなか、Aさんは変わらず交遊を続けていた。清原は『親友はアイツだけや』と公言していた」という。

 Aさんの死因については不明だが、遺体は司法解剖に回されたという。スポーツ紙記者は「持病が悪化し容態が急変したという話もあるが、プライベートで女性トラブルを抱え『死んでやる!』とわめいていたという情報もある。当局は自殺の線も含めて捜査している」と話す。

 親友の急死に清原は意気消沈。Aさんの出身地である愛知県稲沢市で11日午後8時に営まれた葬儀に参列したものの、目はおぼろげで、マスコミの取材には「あまりのショックに言葉が出ません」と力なく答えるのがやっとだった。

 清原は薬物依存を断ち切るため、地元大阪の病院に入院していたが、昨年末までに都内に移住。“完治”したわけではなく「入院生活に飽きてしまったというのが正直なところ」とは関係者。その後はAさんらと派手に飲み歩く姿も目撃されていた。

「持病の糖尿病も悪化し、即入院レベルのようです。薬物治療も途中で投げ出してしまった。これまではギリギリのところでAさんが手綱を引っ張っていたが、彼もいなくなってしまった。もともとメンタルの弱い清原だけに、自暴自棄にならないか心配です」とは前出の芸能関係者。

 現在は何をしでかすかわからない清原を格闘技関係者が“保護”しているという。現実逃避のために、再び薬物に手を出さなければいいが…。

※イメージ画像:『清原和博 番長伝説 1985〜2008『FRIDAY』が追い続けた24年間』(講談社)

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