北欧デザインの巨匠・タピオ・ヴィルカラ、約40年、第一線で活躍したデザイナーが「世界の果て」で生み出したもの
2025年4月18日(金)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
フィンランドに生まれ、ラップランドを愛したデザイン界の巨匠タピオ・ヴィルカラ。20世紀のモダンデザインに大きな足跡を残したヴィルカラの日本初回顧展「タピオ・ヴィルカラ 世界の果て」が東京ステーションギャラリーで開幕した。
最果ての地、ラップランド
北欧フィンランド最北の地、ラップランド。神秘的なオーロラや白夜、雄大な北極圏の自然、季節ごとに移動しながらトナカイと暮らす先住民族サーミの人々。ラップランドは世界中の人々を魅了し、未知の体験や心の浄化を求めて訪れる観光客が後を絶たない。
フィンランドのモダンデザイン界にて、没後40年が経過した今もなお圧倒的な存在感を放つタピオ・ヴィルカラ(1915〜1985)も、ラップランドに魅せられたひとり。ヴィルカラはフィンランド南部の港町ハンコに生まれ、1930年代から広告デザイナーとして働く。1940年代後半から50年代にかけて、世界的なガラス食器メーカー「イッタラ」のデザインコンペ優勝やミラノ・トリエンナーレのグランプリ受賞などの栄光をつかみ、世界が知る存在になった。
その後、60年代にラップランドの自治体のひとつ、イナリに拠点を設け、創作活動に取り組む。ラップランドの静寂と孤独はヴィルカラの感覚を研ぎ澄ませ、彼は重要な作品を次々に生み出していった。
代表作「ウルティマ・ツーレ」シリーズ
ヴィルカラの代表作「ウルティマ・ツーレ」シリーズもラップランドで生まれたもの。「ウルティマ・ツーレ」シリーズはグラス、カラフェ、プレート、ボウルなど豊富なバリエーションを誇り、現在でもイッタラ社によって生産が続けられている。ちなみに「ウルティマ・ツーレ」は古代ギリシア・ローマ神話に出てくる伝説の島の名で、「日が沈むことのない雪と氷に閉ざされた極北の島」という意味をもっている。
「ウルティマ・ツーレ」シリーズの最大の特徴は、ガラスの表面に施された独創的なデザイン。湖上の氷に穴をあけて釣りを楽しんでいたヴィルカラが、ラップランドの氷がとける様子に着想を得て考案したという。真冬の朝、凍てついた窓が日差しを受けて少しずつとけはじめる。鑑賞者にそんな光景をイメージさせ、氷の冷たさがありながらも、なんとなくあたたかい。
切手や紙幣もデザイン
「ウルティマ・ツーレ」シリーズをはじめ多彩なガラス作品により、「北欧のガラスデザイナー」というイメージが強いタピオ・ヴィルカラだが、磁器、銀食器、宝飾品、照明、家具、グラフィック、空間デザインとそのフィールドは広い。ヴィルカラはあらゆる素材に向き合い、触覚と視覚を鋭く働かせて、洗練されたフォルムを生み出し続けた。
日本初の大回顧展となる「タピオ・ヴィルカラ 世界の果て」では、彼の創作活動の全貌を紹介。エスポー近代美術館、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団、コレクション・カッコネンが所蔵するプロダクトやオブジェ約300点に加え、写真やドローイングなどを公開している。
会場を巡ると、プロダクトの多彩さに改めて驚かされる。ひと言でいえば、何でもあり。ヴィルカラはあらゆる素材で、あらゆるものを制作した。ガラスや磁器のテーブルウェア、商品のボトルやパッケージ、機内用のプラスチック製食器、ゴールドのアクセサリー……。
ユニークなところでは「郵便切手」。ヴィルカラは1939年、ヘルシンキ・オリンピックの記念切手デザイン・コンテストで優勝し、デザインの採用が決まったが、戦争によって切手の発行が中止に。その後、優れたデザインが再評価され、1952年に発行となった。ヴィルカラは1946年からフィンランドの紙幣もデザインしている。
300個のガラスを用いたインスタレーション
展覧会ではヴィルカラがデザインを手がけ、自身も愛用していた「パイプ」と「ククサ」も展示されている。ヴィルカラは、彼が写った写真では必ずと言っていいほどパイプをくわえている愛煙家。彼のパイプはシンプルで無駄がなく、「パイプのあるべき姿がデザインされている」といえるもの。だが同時に、彫刻的な造形美を感じさせてくれるのがヴィルカラの凄さだ。
一方、ククサは先住民族のサーミが発祥といわれる、白樺のコブを削って作った飲用の器。ヴィルカラが彫ったククサは、一見、特に変わったところがない素朴な木の器に見えるが、じっと眺めていると無性に「欲しくなってくる」。木の質感が生かされた、丸みを帯びたあたたかなデザイン。自然の木目も美しく残され、こんな器を毎日使えたら幸せだろうと思わせてくれる。
会場の最後を飾るのは、ヴィルカラの代表作である「ウルティマ・ツーレ」を用いたインスタレーション。展示スペースが約300個の「ウルティマ・ツーレ」で埋め尽くされ、「世界の果て」が表現されている。世界の果ては、何もない場所ではない。人知れず輝きを放つ強い生命が生まれる始まりの場所でもあるのだ。そんなことを伝えようとしていると感じられた。
「タピオ・ヴィルカラ 世界の果て」
会期:開催中〜2025年6月15日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
開館時間:10:00〜18:00(毎週金曜日は〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし5月5日、6月9日は開館)
お問い合わせ:03-3212-2485
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/
筆者:川岸 徹